ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2011年07月31日
 蒼太の包丁 30 (マンサンコミックス)

 北丘蒼太、ついに銀座の名店「富み久」の板長になる。絵の上ではいつまでも若々しく見える主人公だが、物語のレベルではそれだけの道のりを歩んできたということだ。以前にも述べたことがあるとおり、料理マンガにしては珍しく、作内の時間進行を歪めずに、真っ当な成長ロマンを描き出ている点が、『蒼太の包丁』の大きな魅力だろう。他方でたとえば、せきやてつじの『バンビーノ!』などが、ドラマのインパクトを強めよう強めようとするあまり、現実感をワキに追いやってしまっているのに比べて、じっくり地に足の着いたストーリーを編み続けられているのを、特徴の一つに挙げられる。おそらくはその実直さを高く買われるべきだと思うし、実際にすぐれてオーソドックスであることが内容の確かさを裏付けている。再開発の影響を考慮し、親方は「富み久」を暖簾分け、そちらに営業の主を持っていくことを決心する。兄弟子の山村が正式な後継者となって「分富み久」を任された結果、蒼太は板長として本店を守っていくことになるのだった。連載の300回目にあたり、新たな「富み久」の門出を前祝いした「分かれ目の日」は、この30巻に収められている。これまでの積み重ねを結晶したエピソードである。セリフが全くない前半に置かれているのは、何気ない日常の業務に他ならない。事件らしい事件が起こるのでもない。しかし淡々とした風景の中に、複数が交差させる視線を通じて、間近に失われてしまう現在への感傷を事細やかに落とし込む。そうした手法が鮮やかに見えてくるのは、読み手にとってもまた、あの馴染み深い場所が変わらざるをえない成り行きを、強く、惜しませるためであって、すなわち、作内の時間進行を共有させることに成功しているのだ。現在に対する感傷は、誰かに限定されたものではない。誰もが経験しうるものだろう。それをうまくすくい取っているのである。後半において、やっと主人公のセリフが入ってくる。そこで、これがあくまでも蒼太という中心点を持った物語であることが改めて確認される。「富み久」の本店を前に、背筋を伸ばした彼の顔つきは非常に精悍だといえる。成長は人を逞しくする。どんな困難に突き当たろうが、くじけまい。逞しくなっていこうとする姿が、物語をぶれさせないだけのテーマになりえている。

 25巻について→こちら
 24巻について→こちら
 22巻について→こちら
 20巻について→こちら
 18巻について→こちら
 17巻について→こちら
 16巻について→こちら
 15巻について→こちら
 14巻について→こちら
 13巻について→こちら
 12巻について→こちら
 11巻について→こちら
 10巻について→こちら
 9巻について→こちら
 8巻について→こちら
 7巻について→こちら
 6巻について→こちら
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2011年07月15日
 マンガ家よゐよゐ (ワイドKC キス)

 これは非常に楽しい一冊である。マンガの、とくに少女マンガのファンであれば、にやにやせざるをえないトピックが詰まっているのだった。なかはら★ももたの『マンガ家よゐよゐ』だが、同業者や飲食店に取材したエッセイ・マンガは、今や決して珍しくはないのであって、その点を見るかぎりでは安易な企画に思われるし、確かにそれは作中で速やかに指摘されてはいるのだけれど、毎回の短い紙幅を通じ、意外と資料性の高いマニアックなエピソードが、ばんばん飛び出してくるところに、まるで宝の山のような輝きを得られる。登場しているマンガ家は以下のとおり。カトリーヌあやこ、久保ミツロウ、ひうらさとる、柘植文、稚野鳥子、おかざき真理、池沢理美、松苗あけみ、高須賀由枝、花津ハナヨ、水城せとな、東村アキコ。と、大御所から中堅、若手まで、ヒットメーカーがずらりと並ぶ。当然、裏話の類がおもしろくないわけがないのだが、それに演出を加えて、ショート・ストーリーのごとくルポルタージュ化していくなかはらの手つきが、最も褒められるべき個所であると思う。久保のように予てより交流の知れている作家も出てはいるものの、たとえばツイッターで対談相手を探したり、たとえばグーグル・マップで訪問先の店舗を見つけたり、の段取りには、今日ならではのエッセンスがあるし、それを入口にして、アルコール込みのコミュニケーションに描かれているのは、いわばホストとゲストのあいだの距離であろう。この距離、つまり言い換えるのであれば、なかはらの視線が、各エピソードの盛り上がりをヴァリエーション豊かにしているのだ。プライヴェートがどうの、といのは驚くほど少なく、にもかかわらず、各人の人柄が強く実感させられる。これが『マンガ家よゐよゐ』の魅力である。もちろん、毎回の主人公にあたるマンガ家たちのあれこれはどれも、デビュー以来のキャリアや創作のスタンスがコンパクトに総括されており、おおっとここで引用してしまうのがもったいないぐらいに興味深い。最初にも述べたのだったが、少女マンガのファンであれば、非常に楽しい一冊だと間違いなくいえる。

・その他なかはら★ももたに関する文章
 『おかわり のんdeぽ庵』(原作・イタバシマサヒロ)
  5巻について→こちら
  3巻について→こちら
  2巻について→こちら
 『あかねSAL☆』(原作・岡田惠和)
  4巻について→こちら
  3巻について→こちら
  2巻について→こちら
  1巻について→こちら
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2011年07月09日
 行徳魚屋浪漫 スーパーバイトJ(1) (少年チャンピオン・コミックス)

 まさか、売れていないギャグ作家はマンガ家マンガを描くことでしかキャリアを生き残れない、式のユーモアとしては最高に退屈なパターンを沼田純も行くかよ、という懸念もあるにはあったのだが、あのマンガ家やあのマンガ家たちとは違い、たんに自虐を切り売りするだけで終わっていない。もう一ひねりを加えてあるところに『行徳魚屋浪漫 スーパーバイトJ』の魅力を感じられたい。完全に独自の路線をとっていることが、記念すべき1巻の段階からすでに如実であろう。ふつう、この手の作者本人を取材対象にしたかのような作品は、暗い性格で社会に不適合な自分のアピール合戦になりがちであって、ある場合にはろくに労働した経験のないことを話のタネにしていくものだけれど、『行徳魚屋浪漫 スーパーバイトJ』においては、スーパーの鮮魚売り場で日々アルバイトに励む主人公の姿が、大きくクローズ・アップされているし、ギャグ・マンガならでは、なデフォルメの手法も、非常に明るい使われ方をしている。まあ、日常の共感をベースにおかしさを誘っているため、過剰な自意識をトリガーにしている点に変わりはないとはいえ、同情的な評価に頼っていないその清々しさに、否応なく好感度が高まってしまうのである。いや、細かい部分を見ていくと、あんがいシビアな現実が浮かび上がる。だってさ、第5話でけっこう良くしてくれていた店長が、第28話では副店長になっちゃっていたりするんだぜ。なかなかせつないよね。しかしそれはそれ。一つのエピソードをきっちりとギャグに落としていく矜持が、『行徳魚屋浪漫 スーパーバイトJ』の本領であると思う。

・その他沼田純に関する文章
 『トンボー』について→こちら
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2011年07月02日
 その役、あて書き

 大鶴義丹、十四年ぶりの小説作品というインフォメーションにいったいどれだけの価値があるのかは知らないが、じつはこの『その役、あて書き』に関しては、『en-taxi』に連載されているのを欠かさずに読んでいたのだった。話の筋だけを取り出せば、どうということもない。B級ホラーの映画監督が、業界に倦んだ生活を送るなかで、売れていない若手女優と関係を持ち、やがて魂の再生を果たしていく(いやいや、まあね)このような段取りになるだろう。おそらく、私小説とはいかないまでも、作者自身の経験をベースにした部分もあると思わせる。じゃあそこがとりわけ魅力的だったのかといえば、しかしそうではない。ノヴェルにおける設定とは、おおよその場合、リアリティであるようなパートを担っているのだけれど、それを通じ、プライドとキャリアのあいだで板挟みになった中年男性の憂鬱が、いささかメロドラマティックなきらいはあるものの、ある種の確かさを持っているあたりに、しみじみしてしまう。すなわち、設定のどうしようもなさが、作品の説得力へと転化されているのだ。妻子に離縁され、これから名声を手に入れるにはトウの立った主人公が、一抹の理想にしがみつく惨めさ。自らに課した潔癖さなど、単なる言い訳に過ぎず、表現者の苦悩といったところで、それすらもステレオタイプの域を出ない。この、あまりに身も蓋もない現実が、たとえかろうじてであろうと、何かしらの物語に支えられるためには、相応の、きわめて安っぽいディテールが必要であった。恋人同士が、たった二人きりで映画を撮るべく、機材を用意し、沖縄に渡り、スピリチュアルなイベントをこなしていく終盤に、もちろん、まったくのこと感動しない。むしろ、あらかじめの計画が頓挫していくその、なし崩し的なプロセスに、生々しいフラストレーションを見られたい。吊しのロマンティシズムにすがるよりほかなく、決してハードボイルドには及べない。残念な中年男性の像がくっきりと浮かび上がる。
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