ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2011年02月26日
 医龍 25 (ビッグコミックス)

 世間でどう考えられているかはいまいち知らないのだったが、やはりこれは自分にとって『キン肉マン』と同じカテゴリーに属するマンガである。最終25巻のラストを飾るポエジーを前にあらためてそう思うのだった。無論、大河のような医療ドラマは善悪の基準によって区別しきれない世界のありようを深くえぐり出してはいた。しかしながら、朝田や加藤、霧島や木原、伊集院たちの奮闘には、スグルやテリーマン、ロビンマスク、ウォーズマンやジェロニモ等々と同様のふんばりを重ねられるのである。医局におけるさまざまな勢力の対立は超人と大衆をめぐる葛藤でもあっただろう。作中人物は各々、アクロバティックなロジックを経、次のステージへ駆け上っていった。伊集院の成長はその最たるものだ。あるいは序盤の展開を振り返ってもよい。『ブラックジャックによろしく』の地べたを這うかのような実直さに比べ、『医龍-Team Medical Dragon-』の場合、天才的な外科医の登場、バチスタ・チームの招集を期に、なかんずくスペクタクルとカタルシスに持って行かれるところが多かった。作品の構造とパラレルに、テーマとして強調されていたのもつまりは、最後に信じられ、助けられ、お互いを逞しく育てるのは仲間であってライヴァルなのだということである。そう、志を同じくしていれば、たとえ立場を違えてしまおうが、ともにいられなかろうが、それはもうチームなのだ。完璧なヒールなどいない。血の通ったプロレスみたいな感動を、乃木坂太郎は見事に描ききったと思う。

 23巻について→こちら
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 イン ザ チョコレート (りぼんマスコットコミックス)

 たとえば、どれだけ苦しくとも無理やり笑うことでしか自分を救えない少女に向けられた次のような言葉である。〈ねぇ 空 / 笑うことは苦しいことを忘れるためにあるんじゃない / ずっと逃げてたら 楽しいことも分からなくなる / 空は今まで 全部1人で抱えようとしたから / 限界でそんな考え方になっちゃったんだ / でも これからはオレに投げて / オレが絶対なんとかするから / 変えられる / 空は 変わる〉

 もちろんこれは、ヒロインの立場に対し、白馬の王子様が手を差し伸べ、投げ掛ける慈しみにほかならない。しかし村田真優の「ブルースカイヘブン」を正確に読もうとするのであれば、ラヴ・ストーリーのロマンティシズムに加え、もう一つ別の視点が必要となってくる。すなわち、いったい何のために少女がSOSを隠していたか、である。「ブルースカイヘブン」は、読み切り作品集『イン ザ チョコレート』に収められたマンガだが、以上の問いは、「イン ザ チョコレート」や「平成赤ずきん」といった他の二篇(あるいはショート・ショートに近しい描き下ろし「DREAM TOUR --pop-up book--」をも含めた三篇)にまで通底しているといってよい。

 家族、だろう。結局のところ、少女たちは家族を原因としたバイアスを強く意識するあまり、他人に言えぬ苦しみをその小さな体に抱え込んでいたのだった。まだ幼い精神が、頼るべきものに頼れないとしたら、そりゃあ助けを求めようとする言葉は自然と失われてしまうんだ。おそらくこのとき、白馬の王子様の登場には、だが君は孤独じゃない、絶対に君は孤独じゃないんだぞ、という希望が、サインが、メッセージが託されている。それが「イン ザ チョコレート」を、「平成赤ずきん」を、「ブルースカイヘブン」をひときわ魅力的なものにしているのである。

 無力を生きざるをえないヒロインは、家族という最も身近な抑圧から逃れることもできない。そのせつなさが、「ブルースカイヘブン」においては、世界の存在自体を肩代わりしている。だからこそ、空と名付けられたヒロインは〈あたしが 今まで見てきた世界は / あたしの世界は / あたしの現実は〉と、今までの体験を通じ、幸福を望むことを諦めてしまっている。〈少しの幸せは きっと幻だった / この手にあると思っていても そのうち失う / それは悲しいから / もう はじめから近づいちゃいけない〉こうした卑屈をまったく信じていた。

 あらためて述べるまでもなくそれは、ひどくひどく寂しいことだ。けれども、その寂しさのせいでどうか君が駄目になってしまわないように。もしも君が苦しみに押し潰されず、新しく目の輝きを持ち直すことができたなら、世界はいくらでも塗り替えられる。空が出会い、やがて親密になっていく少年、青のやさしさ。つまり、先に引いた〈ねぇ 空 / 笑うことは苦しいことを忘れるためにあるんじゃない〉し〈変えられる / 空は 変わる〉という言葉は、まるでそう告げている。ささやかでありながら、正しく励まされるだけの根拠を伝えてくる。

・その他村田真優に関する文章
 『妄想シンデレラ』について→こちら
 『ドクロ×ハート』について→こちら
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2011年02月19日
 Long Live the Chariot

 ああもう面倒が臭いほどに溜まったら大声で叫べよフラストレーション、である。轟々としたガッツに不安も憂鬱もいっさい砕かれてしまえばいいのだった。そんなにうまくいくかな。いくよ。THE CHARIOTの『LONG LIVE』がそれを証明している。ジョージア州アトランタ出身の5人組で、05年にデビューしたバンドだけれど、通算4作目のフル・アルバムとなるここでも、初期の衝動を損なわないまま、激しいテンションのサウンドを撒き散らしているのだ。今日的なハードコアのマナーに則って拍子の落差に楽曲の展開を任せていたりもするが、そこが第一印象となっていないところに高ぶり、強く引っ張られるものがある。端的にいえば、直情。超剛猛速球のオンパレードだろう。ギターのノイズが不機嫌に響き渡るなか、ドラムが無愛想なリズムを叩きつけまくる1曲目の「EVAN PERKS」から先、まったく息つく暇がない。ヴォーカルは太い声を荒げ、ナイーヴな主張とは正反対のエモーションをさらけ出す。こんなにも怒りに怒り、切羽詰まっているんだぞ、心に本当でいたいなら躊躇いや戸惑いなど知ったこっちゃない、の態度を剥き身にしているのである。2曲目の「THE AUDIENCE」で起爆させられるスリルに体を震わせよう。もちろん、徹頭徹尾ストロングなスタイルを貫いているため、場合によってはワン・パターンに近しいイメージを免れない。しかしそれがネックにならないだけのエネルギーが全編に満ち溢れている。いや、突然ラジオフレンドリーなポップスが盛り込まれる3曲目の「CALVIN MAKENZIE」であったり、デジタルな触感でフレーズをエディットした4曲目の「THE CITY」や9曲目の「THE HEAVENS」に顕著なとおり、ユニークなアクセントを随所に置くことで、楽曲毎の存在感がくっきり、決して飽き飽きとしないまでの抑揚がつけられている点に、あ、と息を漏らすのに十分な独創性が見られるのだし、そこがまた作品の新鮮な魅力ともなっているのだった。おそらくアーティストの企画力とポテンシャルがよく出ていて、すなわちハイライトに挙げられるべきは7曲目の「DAVID DE LA HOZ」だと思う。ごり押しのスピードではじまったナンバーが、エキセントリックな変調を経て、スローなドゥームを孕み、やがてピアノとハープの調べに辿り着く。いくつもの山場が正しく一連なりにされているのだ。ホーン・セクションを導入した10曲目の「THE KING」その軋んだグルーヴも侮れねえ。混沌にまみれた世界を意識させるが、一方でそうした有り様に対する極度の抵抗がクリアーにあらわされている。要するに、主体性が音源としてきっちり確立されているのである。フラストレーションを我慢しない。不安も憂鬱もいっさい砕いてくれるかのようなガッツを轟々と放つ。

 バンドのMyspace→こちら
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2011年02月18日
 ハナミズキ (りぼんマスコットコミックス クッキー)

 サトーユキエの『ハナミズキ』は、言わずもがな同名映画のコミカライズである。その映画版の方は観られていないため、あくまでもマンガとして描かれたものについての感想を述べるしかないのだったが、そもそものストーリーが一青窈のヒット曲にインスパイアされていることぐらいは知っている。話の筋はさほど難しくない。一組の男女が、高校生の頃に出会い、好き合い、しかし離ればなれになってしまったのち、数年間の紆余曲折を経て、お互いがお互いにとってどれだけ大きな存在があったか、あらためて知らされる。要するに、切り出された半生のなかのたった一つの恋をめぐる物語だといえる。水産高校に通う康平にしてみれば、進学校の紗枝は高嶺の花だった。だが、同じ電車に乗り合わせていた彼女が試験に遅刻しそうになったことから、関わりを持ち、やがて恋人同士の関係になっていく。いや、そこまではよかった。紗枝が東京の大学に進み、遠距離のせいで擦れ違いや不安が重なっても、二人の気持ちに変わりはないはずであった。そう信じられるような繋がりは確かにあったものの、子供のままではいられず、社会を前にしなければならなくなった二人に、当人の気持ちだけでは乗り越えられない事情がもたらされることとなる。物語の背景には、1996年から2006年までの時代設定を持っていて、おそらく携帯電話などの小道具にそれは影響しているのだろう。一方で、9.11の出来事がある種のターニング・ポイントを果たしているのだけれども、正直、とある人物の生死を含め、その扱いがドラマを変調させるのに都合のいいイベント以上になっていないのは、作品の評価を冷静に判断するとしたら、傷にも思われてしまう。実在の事件を導入する手つきにデリケートさが足りていない。あるいは、単にラヴ・ロマンスを仕立て上げるのであったなら、そんなにも大きなトピックを必要としないで、もう少しスマートな展開がありえたのではないか。勿論、そのへんは原作に準拠しているに違いないので、マンガ版に限定された不注意ではあるまい。さりとて、それ以前の段階において、紗枝と康平が、もう自分たちの感情は過去のなかでしか生きられない、と確認し、別れを受け入れていくハイライトに、たいへんせつなくさせられたのは、決して否定しない。結局のところ、コマ・レベルのテンポと作中人物の表情が十分なエモーションを作り出しているためであって、そこにこそサトーユキエの手腕が発揮されていると見られたいのである。

 『子供だって大人になる』について→こちら
 『ノーバディ クライ』について→こちら
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2011年02月10日
 ああ。そりゃこんなのもうぼろぼろ泣くよりほかねえんだ。現実を見れば、叶わない願いや通じない祈りのほうが多くなりがちに世のなかはできているみたいだった。それでも信じられるものはあったろう。信じ続けられることが必ずしも幸福であるとはかぎらないにしたって、決して不幸だと思えなかったろう。だから手放したくなかった。しっかり握りしめておきたかった。その確かさだけが、幾重もの哀しみにおいて、一輪の救いになりえた。勿論、それは奇跡を待つという体勢を意味しているのではない。たとえ奇跡がやって来てくれなくとも生きていけるという光明をただただ指している。斉木久美子の『花宵道中』は、この5巻で完結を迎えた。以前にも述べたとおり、宮木あや子の原作小説にたいへん忠実なコミカライズであったと思う。前近代における社会の底辺と近しい位置に遊郭を描き、ほとんど不可避な悲劇性に照準を合わせながら、懸命に手探り、足掻き、もがくことでしか果たされない美しさを女郎たちの有終に当てはめており、時系列をばらばらに複数のエピソードをまたいでいるが、結論からいうと、その大半が実存のレベルでのハッピー・エンドとは縁遠い物語となっている。過酷な環境下、もしも彼女らに救いがあっととすれば、それはあくまでも観念のレベルに存在しているのであって、空想、夢や幻の匂い立つほどに甘やかな印象が、各話の幕引きに残される。いや、少なくともマンガ版に関してはそうなのだ。先行する女性作家群からのインスピレーションを隠すことない斉木の筆致は、逃れられない困難に耐え、忍ぼうとする作中人物たちの表情を、眼差しを、息づかいを、せつなく輝かせた。そしてその奥底に、孤独を前にしようが空しさに支配されないまでの強さをひっそりと置いた。これが作品の構えをとてもエモーショナルにしているのである。作品全体のエピローグを思わせる第五部「雪紐観音」で、ようやく年季明けに達せられたヒロインがあらわれる。しかしそれ以前のエピソードでは、どのヒロインも吉原という運命の檻の外へ、生きたままでは出て行けない。結局のところ、生涯のどこかにありえたかもしれない光景をささやかな希望と呼ぶにとどまる。第四部「十六夜時雨」のヒロイン、八津の〈ここは江戸吉原――… 男に惚れるということ――それは死へ向かうこと あたしは生きる そのために… 誰にも惚れやしない けっして 誰にも〉という決意が胸に痛いのは、本当に欲するものを求めてはいけないと自ら禁じる姿に、逞しさではない。大きく開いた寂しさを覗かせているからだ。いくら制度に縛られ、きつく口を塞がれていようが、ほんの一呼吸ぐらいは息をつける場所があったっていい。それすら断念したら誰も光を得られまいよ。かすかな明かりさえ届くまい。『花宵道中』に展開されているラヴ・ロマンスとは、要するに、そのような不幸に対する反語であろう。何もかも苦しみに潰えていくのみか。そんなはずはない。八津はやがて〈姉女郎の朝霧姐さんは男のために死を選んだ〉のとも〈再会した実の姉は男のために生きるとおはぐろどぶを越えていった〉のとも違った結末を得る。すべての願いが叶い、祈りが通じ、まったくの幸福を選び取れたわけではない。だが信じられるものを信じ続けられると知ったことでおそらくは救われた。それまでと変わらぬ日々を真新しく生きていけた。

 4巻について→こちら
 3巻について→こちら
 2巻について→こちら
 1巻について→こちら
 
・その他斉木久美子に関する文章
 『ワールズ・エンド』について→こちら
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2011年02月05日
 GAMBLER! @ (近代麻雀コミックス)

 かれこれ麻雀のマンガを読み続け、20年以上は経っていると思うのだったが、じつはいまだにそのルールをほとんど知らない。同じ種類の牌を三つ集めていくといいんでしょ、ぐらいである。にもかかわらず、麻雀のマンガに大きな魅力を覚えてしまうのは、結局のところ、一寸先は闇の抜き差しならぬほどに危機的な状況が、正しくワン・オア・エイトでありオール・オア・ナッシングのスリルに次ぐスリルを、まざまざと喚起するからに他ならない。だいたいどうして、いやまあこれはギャンブルを題材にしたフィクション全般にいえることなのだけれども、小銭を稼ぐ程度ではじまった物語がいつしか命懸けの展開にまで発展していかなければならないのだ。それはつまり、絶対に死んだように生きていたくはない、という理想を高々掲げようとすれば、誰しもが相応のコストを支払う義務からは逃れられない、このことのおそらくは直接的な比喩になっているためであろう。たかだか数十センチ四方の卓上で繰り広げられているのは、どれほどのリスクを背負っても妥協だけは決して受け入れまいと選ばれた人生の、文字通り、縮図なのだ。スリルに充ち満ちた麻雀のマンガを読むと、話の筋が明るかろうか暗かろうが、本質においては絶望を向こうに追いやろうとする力学が働いているので、無闇矢鱈と元気が出る。

 鹿賀ミツル、『GAMBLER!(ギャンブラー) ―勝負師―』の1巻である。以前、わざわざ『週刊少年サンデー』でギャンブルのマンガを描いていた作者が、活躍の場を『近代麻雀オリジナル』に移し、本格的な麻雀のマンガに取り組んだ。というのは、一応のトピックになりうるだろうか。いずれにせよ、『ギャンブルッ!』に閃いていた鋭いぐらいのスリルは、この『GAMBLER!―勝負師―』でも健在なことに安心されたい。

 頬の傷に似つかわしくない微笑みを浮かべる青年「勝」、彼の流浪は出会った人びとに破滅と再生の運命をもたらした。もちろん、麻雀を通じて、だ。はっきりといって、現時点におけるストーリーのレベルに、新鮮な驚きはない。要するに、素性の不明な勝負師が、一癖も二癖もあるライヴァルたちによって用意された窮地を、余人にはうかがい知れぬポテンシャルを武器に、数々踏破してみせる、というギャンブルを題材にしたフィクションからすれば、常套を地でいくものである。いとも容易く指が落とされる、賭け事の前では命すらも軽々しい、殺伐としたシチュエーションもまた、近年では衝撃と珍しさに目を瞠るものではない。しかし、たとえそうであったとしても、作中人物たちの企みが交錯し、ぎりぎりの緊張感が、彼らの一挙手一投足を支配せんとするその様子に、上質なスリルが漲っているので、ある種のパターンを確認する以上の歓喜が生まれているのだった。最もテンションがあがるのはやはり、いっけん穏やかに思われる主人公が、イメージとは裏腹の凄みを見せ、ギャンブルとイコールな自らのイズムを述べる場面であろう。いわく〈そうやって…… 安全なところばかりで打ってたんだろ? そんなのは本当の勝負(ギャンブル)じゃない… 軽すぎるんだよ… お前らの牌には「命」は乗っていない〉あるいはいわく〈あんたの勝負はいつも こういうやり方なのか? 恐いんだろ? あんたに有利な条件なしじゃあ〉

 と、もちろんそこには、どうすれば人生そのものを果敢に引き受けられるか、の問題にまで拡大可能なポエジーが備わっている。そうだからこそ、麻雀に関する知識の有無とはべつの観点で、震えがくるほどに心を掴まれるものが、はっきり目立たされているのだ。

 ところで、先ほどストーリーのレベルに驚きはないといったが、じつはこれ、主人公である「勝」のプロフィールや彼が大事にしている写真の光景からするに、『ギャンブルッ!』の続編として解釈のできる内容となっている。もしもそうだとしたら、あの死闘をくぐり抜けた少年が、以後にどのような世界を歩んできたのか、むしろ特筆すべき物語はこれからに残されているのかもしれない。

・その他鹿賀ミツルに関する文章
 『ギャンブルッ!』
  11巻について→こちら
  4巻について→こちら
  1巻と2巻について→こちら
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 デジモノステーション 2011年 03月号 [雑誌]

 今出ている『デジモノステーション』3月号より、90年代を題材にした「完全ロスジェネマニュアル」というコラムの連載がはじまりました。第1回では『SLUM DUNK』を取り上げております。
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