ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2010年08月08日
 すばる 2010年 09月号 [雑誌]

 『すばる』9月号掲載。松田青子の『ノースリーブ』は、若葉という主婦が、買い物の帰り、自分が住んでいるマンションの一階で、「うわっ、カギ落とした、待ってて、俺ちょっと戻って探してくる」と慌てて言い、出かけていった夫の陽一を待っているだけの短篇小説である。もちろん、その、だけ、のなかに、いかなる実感がつくられているかを見られたいのであって、たとえばさっき買ってきたばかりのリステリンを袋から出し、手にとりながら〈商品名、内容量、注意事項などが記載されているセロファンに、小さく「ターター」と書かれていて、「ターター」ってなんだと思いセロファン上をくまなく窺えば、どうやら「ターター」とは歯石のことらしい。えらくかわいい言葉である。この世に生まれてはじめてしゃべる言葉が「ターター」だという赤ちゃんもどこかにいそうではないか〉と思ったりするのだが、それのみでは間が持たず、回想が入ってきたりもする。そうして回想は、若い日の失恋にあてられており、もしかすればそこからが本題であるのかもしれないのだけれど、女性の、あるいは若い女性ならではの、心理の、とくに幼いところを、ユーモラスに、しかしそのおかしさが、当人にとってはほとんどまじであるようなとき、傍目にはぞっとしない類なものであることを、描写していく。結果、作品の印象には、主人公の内面をどう評価するか、が連なってくるのだったが、物語の微笑ましさを素直に受け取り、シンパシーを寄せても構わないし、独我論的に他人を解釈、勝手に満足しきった彼女の態度や、ノースリーブの件を深読みするあまり、ほんとうは全部この人の妄言なんでしょう、まるでおっかないホラーみたいだ、この季節にぴったりの恐怖すら覚えられる。
posted by もりた | Comment(1) | TrackBack(0) | 読書(2010年)