ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2010年06月14日
 ステゴロ 1巻 (ヤングキングコミックス)

 この10年をざあっと見渡しただけでも、ストリートでのファイトをモチーフにしたマンガというのは、決して数が少ないわけではない。しかしながら、ぱっと思い出そうとするかぎり、つよく印象に残っているのはさほど多いわけではない。それこそヒットした作品を挙げようとすれば、わずか、といえるほどもない。これはどうしてだろう、と考えるまでもなく、よく描けているものがほとんどないためである。では、どういったマンガが魅力的に映じてくるのか、あくまでも私見にすぎないのだが、路上における格闘を手がかりに、作中の人物が、現実から滑り落ちようとしているのか、あるいは現実を駆け上ろうとしているのか、正確に掴まえられていなければならないと思う。落ちる(堕ちる)上る(昇る)とは、必ずしも即物的な条件を指すのではない。多少大げさに述べるとしたら、その個人の、魂の、自律性の問題によっている。フィジカルなアトラクションに重きを置いているはずのストーリーが、なぜか内面の肥えると痩せるに迫真していくことがあるのはそのせいなのだったが、さて、小幡文生(作画)と俵家宗弖一(原作)による『ステゴロ』もまた、ストリートのファイトがモチーフとなりそうな気配をうかがわせる。池袋でスナックを営む姉と二人で生きる16歳の少年、獅頭忍が高校を中退し、素手喧嘩(ステゴロ)に自分を託すのは、父親を自殺に追い込んだ覚醒剤を憎み、カラー・ギャングからドラッグと金を巻き上げるためだ。ところが調子に乗りすぎた。武闘派ヤクザさえおそれる謎の男、阿修羅にのされた忍は、多額の借金を背負わされ、血なまぐさい闇のなかへ引きずり込まれてしまうのだった。もはや〈殺られる前に…殺るしかねぇ…〉のであって〈場数を踏んで 阿修羅より強くなるしか道は無ぇんだ…!〉という逼迫が、要するに、主人公をより過激にしていくのである。格闘家は出てくるものの、1巻の時点で展開されているのはあくまでもケンカであって、バトルそのものよりも裏社会の風景のほうが前面にきているのが、とりあえずの特色といえるだろう。一方でやはり、作中の人物の、魂の、自律性が、物語の行方を左右することになるのでは、と予感させる。小幡のタッチは、どこかしら桑原真也を彷彿とさせるところがあり、ヴァイオレントな展開に十分な濃さを与えている。