2025年、3月31日、KAT-TUNのキャリアにピリオドが打たれた。
解散である。
KAT-TUNとは、革命の前夜に見続ける終わらない夢のようなグループであった。
革命は永遠に起こらず、夜は永遠に明けない。それでも革命に対するロマンを片手に、夜明けまで醒めないロマンスをもう一方の手に、塞がってしまった両手によってヒロイックなまでの美しさと残酷さとを持て余さず、抱えながら生き続けることの是非において是だけを引き受けたアイドルの像だった。
抜けてしまったメンバーがどう、残っていたメンバーがどう、とかいう話ではなく、KAT-TUNというグループに託されていたイメージがそう、そうだったのではないか、という話をしたい。
先に述べた「革命の前夜」という印象は「RAY」という楽曲の歌詞、冒頭に置かれた一節からの引用にほかならない。
一般的にどれだけ「RAY」が知られているのかはわからない。いや、ほとんど知られていないのかもしれない。シングル「KISS KISS KISS」(2015年)のカップリングに収録されたナンバーにすぎず、音源を購入した人間でないかぎり、耳にする機会をほぼ得られない。それでも10周年を記念したベスト・アルバムである『KAT-TUN 10TH ANNIVERSARY BEST "10Ks!"』(2016年)の3枚組に組み込まれたファンの投票による「Hyphen Selection」に選ばれた一曲である。リリース当時の感覚でいえば、新しく出てきたナンバーになるのだけれど、それがかねてからのファンにとって、お馴染みのナンバーやアンセムに並ぶほどに届き、響いていたわけである。
なぜファンに届き、響き、選ばれたのか。楽曲の出来はもちろん、裏付けの一つを推測するなら、前年(2015年)に行われた「KAT-TUN LIVE 2015 "quarter" in TOKYO DOME」における「RAY」のパフォーマンスが素晴らしく、そこにKAT-TUNという何かしらかの具体性が投影され、強く心に残ったからなのだと思われる。
2013年から4人編成になって最初の、そして、4人編成になって最後の東京ドームで行われたコンサートにおける一幕だ。「RAY」というタイトルの通り、莫大な暗闇のなかを飛び交う光線にマッチした完璧なフォーメーションや何種類ものパイロ(特殊効果)を炸裂させるステージが、グループの真髄とでもすべきものを射抜いていた。あるいはKAT-TUNが司会を務めていた時期の2015年、6月放映の「ザ少年倶楽部プレミアム」で披露されたパフォーマンスがTVの前のファンに鮮烈な記憶を残したというのもあるだろう。しかし、そこに再現されたKAT-TUNらしさとは必ずしもKAT-TUNというグループにとって、ア・プリオリ、先天的に備わっていたものではない。
希望が置かれている方向へとまっすぐに伸びながら折れない指先は果たして希望に届くのか。ちゃんと届かなかったとしたら、どこにどう辿り着いたのか。希望に達することは疑うべくもなく正しい。ただ、どうしてかその正しさだけが近くにきて、すぐ横をすり抜けていってしまう。ハッピー・エンドになれない。顔を前に上げても首を横に回しても頭を後ろに振り返ってみても希望は確かに見えている。なのに、希望に辿り着くという結末だけが折れないように伸ばした指先のさらに先にいつも存在してしまう。あと少しの間合いで触れられない。手のひらのなかに掴めない。収められない。
これを悲劇と呼ぶのは容易い。これを絶望と断じ、未来を諦めることはあまりに短絡的だ。もしも希望が描かれたままの形でオートマティックに叶うことにのみフォーカスがあてられ、価値が与えられるのだとすれば、そのようになれなかったものは爪弾かれ、およそ意味を奪われる。簡単に否定される。たちまち忘れ去られてしまう。これを裏返すことでしか顕現されないロマンティシズムを、儚さや美しさを、いつしかアイドルのグループであるKAT-TUNを通し、目にしていたような気がする。KAT-TUNをKAT-TUNたらしめるものとして見ていたような気もする。数多ある他のアイドルには肩代わりできない固有の魅力として求めていたような気がしている。
繰り返しになるけれど、2015年に発表された「RAY」に委ねられているイメージは、KAT-TUNが6人で結成された2001年(ほとんど四半世紀前だ)そして、その6人がデビューした2006年の段階では、グループにとって必ずしも目印となっていなかった。
むしろ、デビュー以前の時期をも含め、若き日のKAT-TUNに委ねられていたイメージは、いま、ここから自分たちが足を踏み出した瞬間、世界は変わる、世界を変えられる、世界が新しくなっていくことの予感、次々にページがめくられ、すべてを奪っていくかのようなときめきを満載にしたスペクタクルであったはずだ。
デビュー以前の楽曲が中心となったコンピレーションを兼ねたファースト・アルバムの『Best of KAT-TUN』(2006年)やデビュー・シングルである「Real Face」(2006年)におけるハード・ロック、ヘヴィ・メタル、ラップ・メタル、ミクスチャー・ロック等々を基調にした鼻息の荒いサウンドは、思春期特有の向こう水で反抗的な刹那とワイルドでワンダフルなバッド・ボーイのコンセプトとを接着するのにちょうど適していた。
デビュー・シングルである「Real Face」の作詞を務めたのはスガ・シカオである。有名な話ではあるけれど、小説家の村上春樹は『意味がなければスイングがない』でスガ・シカオを高く評価しており、その一部を要約すると村上は〈いわゆるJポップの歌詞とか、連続テレビ・ドラマの台詞とか(略)は、一種の「制度言語」だと〉認識しているが、スガの歌詞における文体は〈「ま、こーゆーもんでしょ」みたいな制度的なもたれかかり性が稀薄〉だとし、この点を優位と見なしている。もちろん、こうした評価は村上春樹があくまでもスガ・シカオにあてたものであり、それ以上の意味を含まない。
が、プロフェッショナルなソング・ライターの仕事として新人アイドルのデビュー曲をヒット・チャートの一位に相応しくすることを至上命令のごとくオーダーされ、実際にそれを達成した役割にこそ留意されたい。これは同じくスガが作詞を担当したSMAPの「夜空ノムコウ」(1998年)における功績とは少々意味が異なる。2006年、KAT-TUNの「Real Face」で、松本孝弘とスガ・シカオによって振るわれたのは、どちらかというと、飛鳥涼(チャゲ&飛鳥)が光GENJIのデビュー曲である「STAR LIGHT」(1987年)を手がけ、松本隆と山下達郎とがKinKi Kidsのデビュー曲である「硝子の少年」(1997年)を手がけ、双方、ちゃんと売ってみせたという手腕に近いものだろう。
率直に述べれば、「Real Face」におけるスガの歌詞は、マスを対象にメジャーでデビューするアイドルへあてることを前提としているからか、村上春樹が『意味がなければスイングがない』が論じているような制度言語にいくらかもたれかかっている。もたれかかりながらも独自の嗅覚で半歩ほどのずれを生じさせている。そのずれが「STAR LIGHT」や「硝子の少年」が持っている普遍性と共鳴しつつ「STAR LIGHT」や「硝子の少年」とは異なった時代のシステム下におけるフラジャイルであるような若者の姿を描き出し、それが松本孝弘ならではのエネルギッシュなハード・ロックと相まって、ワイルドでワンダフルなバッド・ボーイのコンセプトに思春期と呼ぶべき向こう水で反抗的な刹那とを00年代の時点できつく結び付けていた。
それは同時に KAT-TUNというグループが、とりあえずファースト・インプレッションだけを頼りに語られる上で課せられた枷でもあった。
たとえば〈ギリギリでいつも生きていたいから〉という「Real Face」の出だしは、今日、KAT-TUNの攻めたスタンスや舐めた辛酸についてネタ消費のように扱われることもあるけれど、よくよく耳を澄ましてみると光GENJIの「STAR LIGHT」で歌われる〈夢はFREEDOM FREEDOM / シャボンのように〉やKinKi Kidsの「硝子の少年」で歌われる〈ぼくの心はひび割れたビー玉さ / のぞき込めば君が逆さまに映る〉に託されていた壊れやすさ、青臭さ、蒼い季節の残響として聞こえてくる。「硝子の少年」に置かれた〈舗道の空き缶蹴飛ばし / バスの窓の君に背を向ける〉というフレーズを「Real Face」の〈アスファルトを蹴り飛ばして / 退屈な夜にドロップキックしたつもり / すべって空振り〉というフレーズは明らかに拡張している。1990年代から2000年代へ時代が下ったことのその時代性に適したものとしてパラフレーズされている。もちろん、ここで デビュー以前のKAT-TUNがKinKi Kidsのバックを務めていたというキャリア(さらにいうとデビュー以前のKinKi Kidsが光GENJIのバックを務めていたというキャリア)を参照し、何かしらの伝統を受け継いでいることを鑑みても良い。
しかし、看過してならないのは、あくまでも初期のKAT-TUNが体現していたものとは、わがままでフラジャイルな思春期の造形をまとったアイドルなり、いとも容易く壊れてしまいそうな心象を生きる若者の偶像化なりが、高く固い障壁に激しくぶつかっていき、爪痕を残すより先に砕けてしまうかもしれないのに、あえて逆らってみせることの強さ、正しさ、美しさではなかったか。
少年や少女は強く正しく美しい。清いかどうかは知らない。知れない。知られてはいけない。ただ、少年や少女は強く正しく美しい式の算段を、ひとまずは間違っていないと皆が暫定したがる。がゆえに、古びて汚れ、凝り固まった大人の価値観にヒビを入れられる。これはほとんどの若いアイドルに、ごく当たり前のものとして備わっている素養である。しかし、年月やスキャンダルはそういうごく当たり前であったはずのものを削いでいってしまう。
30歳や40歳を越えてもアイドルの肩書きでマネタイズをしようとする中年が少なくはなくなった昨今では、アイドルだって排泄もするしセックスもするよ、もしかしたら犯罪すらもしでかす、人間だもの、というロジックに何かしらの正当性を与えようとする。アイドルを背負うのがきついならアイドルなんかやめればいいのに、で済む話を幾重にもねじ曲げ、身一つで財をなした実業家のような顔をさせようとしたりする。1970年代に発せられた「普通の女の子に戻りたい」というキャンディーズの引退ですら、もはや現代の社会とは関係がない遠い神話のようだ。
アイドルであるよりも人間的でありたい。アーティスティックでありたい。グループの一員でいるよりも個人的な方向性や欲望を優先させたい。プライオリティの揺らぎは、子供から大人になりかけたほとんどのアイドルに、ごく当たり前のものとして訪れる契機である。KAT-TUNもこうした摂理と決して無縁ではなかった。結果、徐々にメンバーを減らしていくこととなる。
結成時のモチベーションを基本にした際、各々の個性は色とりどりに溢れながらも成功に向かい一丸だったグループが、次第に足並みを乱し、メンバーに欠落を生じさせるなか、それでもKAT-TUNが一貫させたのは、日々の営みや生活に喩えられるような持続性を描いたドラマではなく、このすぐにも消えてしまいかねない一瞬がどうか永遠でありますように、というアンビバレンスな願いを常に手放さない。諦め、膝を折る格好だけは絶対に引き受けまいとする。ストイックなほどにまっすぐな立ち姿であろう。
再度述べると、KAT-TUNとは、革命の前夜に見続ける終わらない夢のようなグループであった。
いや、KAT-TUNこそが革命だったと主張する人たちは少なからずいるかもしれない。たとえば、デビュー前(なのに)の東京ドーム公演(2006年「KAT-TUN SPECIAL TOKYO DOME CONCERT Debut "Real Face"」)あるいはデビュー後の8日間連続東京ドーム公演(通算10日間の東京ドーム公演、2009年「KAT-TUN LIVE Break the Records」)などは前人未到であり、なるほど確かに革命的だった。しかし、結果的にKAT-TUNは革命そのものにはならなかったグループだといえる。
デビュー・シングルのクレジットにプロフェッショナルなミュージシャンと並んで自作のラップを書いたメンバーを加えることは「STAR LIGHT」や「硝子の少年」にはなかったことだし、その後も同じマネジメントのグループはやっていない。この意味でKAT-TUNは革命的ではあった。が、東京ドームでの様々な公演を合わせ、それらの実績は結果的に異例であり、例外であるようなアイドルが記録の更新を果たしたにすぎなかった。所属する会社や所属する社会、この世界の構造を一変させたわけではない。近年のサブ・カルチャー史では、ジョーカーと名乗れば(良くも悪くも)既存の価値観を打ち破るテロリズムの表象として受け取られる機会は増しているけれど、「Real Face」のソング・ライティングにクレジットされているJOKERは、少なくとも革命に至れなかった。
考慮するのであれば、そのようなプロセスやキャリアの積み重ねが2006年にデビューしたKAT-TUNのバック・グラウンドとして培われていき、2015年の「RAY」にはグループにとっての通奏低音に近いものとなっている。
日々の営みや生活に喩えられるような持続性が描かれたドラマにうまくハマれない。身を費やすべき場所はここではない。だからこそ、世界を変えよう、と願えど、世界は変わらず、それでも、世界は変えられる、と願ってやまない。
抽象的であるあまり容易く論破されかねない敗北と隣り合わせの青春を、紆余曲折な活動を通じ、具体的なメッセージにまで昇華してみせていったのもまたKAT-TUNであった。
世界を変えよう、と踏み出した一歩をいくら重ねても、世界は変えられない。そうした敗北をよそに、時代がくだるたび、世界はそのありようを勝手に変えていく。正しさや誤りの基準は新しさの評価でいつの間にか書き換えられる。聡いとされたい人たちは、そこに何らかの不具合(バグ)が発生していようとアップデートの名のもとに肯定する。かつては正しく今は誤りになろうと、もしくはかつては誤りで今は正しくなろうと、それでも変わらず信じられるものはあるべきなのではないか。核や芯として信じられるものは残るべきなのではないか。ロマンやロマンスのコアは決して揺らいではいけない。その集約を、2006年にデビューしたKAT-TUNが活動を続けるなか、シングルではない楽曲ながらファンからの支持を得たのが2015年の「RAY」なのだと思う。
メンバーの離脱や休止期間、音楽性の変化を含め、KAT-TUNの活動歴にどういった区分を設けるのかは諸々の解釈となるに違いない。本文では一つの参照点に「RAY」を置いているが、「RAY」には『KAT-TUN III -QUEEN OF PIRATES-』(2008年)に収録された「HELL, NO」の残光が届いている気がする。「HELL, NO」には、戦争や内戦のイメージが背景となり、開戦の前夜、夜の色彩に儚いロマンティシズム、それこそ「あなたと私」や「君と僕」の一人称及び二人称で成り立つロマンやロマンスが入り混じっている。ここに革命の前夜を歌った「RAY」との共通項を見られるのだ。
今も昔も「白雪姫」や「シンデレラ」等々のメルヘンにおける王子様の比喩でアイドルの意義や意味を語ろうとする向きは少なくない。
他方、KAT-TUNが選び取ったのはウィリアム・シェイクスピアの戯曲である「ロミオとジュリエット」の物語に現れているようなヒーローの像であり「ロミオとジュリエット」を翻案した「ウェストサイド・ストーリー」に表されているようなヒーローの像であって、それはつまり「ウェストサイド・ストーリー」を元ネタにした「DREAM BOYS」で演じられているようなヒーローの像であった。「DREAM BOYS」の舞台と初期のKAT-TUNは決して切り離せない。こうした解釈の仕方については、おそらくレオナルド・ディカプリオの主演で「ロミオとジュリエット」を現代風にアレンジした映画『ロミオ+ジュリエット』(1997年)の路線を念頭に置くと理解しやすい。
権力や欲望を正当化した大人たちの対立、戦争や紛争、内戦のイメージを背負い、敵対関係を乗り越えるためのラヴ・ストーリーを描きながら、若い恋人たちの口づけによるハッピー・エンドだけが訪れない。いわずもがな悲劇の構図だが、その悲劇をサヴァイヴすることの容易でなさをKAT-TUNは踏襲したのである。
そもそも「ロミオとジュリエット」を単純化するなら、若い恋人たちの自殺や犠牲を通じ、戦争や紛争、内戦に終止符が打たれるという筋書きである。若い恋人たちの自殺や犠牲によって、和解がもたらされる。革命に近い椿事が果たされる。しかし、KAT-TUNのキャリアとは、上述の意味で「ロミオとジュリエット」を底本としているにもかかわらず、死を連想させない。愛している人を苦しめるこの世界をできるだけ退けたいというロマンを引き受けつつ、愛している人を死なせてしまったこの世界に復讐をしよう、もしもリヴェンジに挫折するなら自分も死のうというロマンスを引き受けない。戦争や紛争、内戦や革命のために命を落としてしまうのもやぶさかではないとする強制力とは別種のロマンティシズムが成し遂げられること、生きること、生き残ること、死なないこと、どれだけこの世界が理不尽であろうともサヴァイヴし続けることを、KAT-TUNは紆余曲折の足どりを経るなかに刻み込んでいたのではなかったか。
今日のポップ・カルチャーで、よく目にするようになった言い回しの一つに「世界線」なるものがある。本来の意味はともかく、そしてスケールのでかいフィクションに対する適用を別にすれば、大抵は経験に沿ったミニマリズムにおいて複数のパラレル・ワールド(並行世界)が存在し、そのうちに含まれたルートの一つがこれ、という使われ方をする。ほとんどの場合、安売りされたメタ・レベルを自明とし、いくつもの分岐が過去にあったはずだとの推量によって生じた架空のログ(記録)が、たとえ現実には起こらなかったとしても、身の回りには幽霊のごとく偏在していることを前提に、この、いま、ここ、を「世界線」と名づけ、優劣をつけたり不満を述べたりするための方便や思いなしにすぎない。
かつてのKAT-TUNが「NEVER AGAIN」(2006年)で歌っていたとおり〈運命は? No Fake〉であり「DON'T U EVER STOP」(2008年)で歌っていたように〈運命は / Don't Stop / 誰もみんな / かみしめている〉のであって、結局のところ、運命は一個でしかない。
過去に遡った際、可能性は無限の分岐を提示していたとしても、未来に到達したとき、果てして自分は正しく選べたのか。選び間違えたのか。立ち向かっていたのか。逃げていたのか。問いはいくらでも並べることはできる。が、いずれにせよ、たった一つの回答に収束される。
やり直しがきく(時間は巻き戻せる)というエキスキューズを少なくともKAT-TUNのキャリアは搭載していない。もちろん、あのときこうであったなら、というIFの仮定法でKAT-TUNのこれまでを回想することはできる。多くのファンが惜しむのは、やはり元々は6人であったオリジナル・メンバーの減少だろう。6人のまま活動を続けていたら、5人のまま活動を続けていたら、4人のまま活動を続けていたらetc エトセトラエトセトラ。わかる。わかるよ。しかし、それは本質的にプロダクションやグループの内部で処理されるべき問題であり、出された結論がメンバーの脱退であった以上、いってしまえば、人災のようなものであって、当人たちがいくつもある分岐のなかから選び取った運命にほかならない。
たとえば、もしも、という可能性の広がりで考えるとしたなら、2011年に構想だけは大々的にぶち上げられながらも頓挫したコンビナート公演を挙げたいと思う。5大ドーム・ツアーを含め、5周年、5人編成になったKAT-TUNの新たな門出を飾るはずだった。幻のスケジュールである。野外での開催や実際の工業地帯を活用するというプランは明らかに規格外であって、具体的にいかなるものであったのか。目にすることこそ叶わなかったけれど、前代未聞のイベントを成し遂げようとしたことが既に革命的であり、実現し、成功しさえすれば、本当にKAT-TUNは革命や伝説になりえたかもしれない。いや、少なくとも現在とは異なった未来が拓けていたのではないかと思いを巡らせたりもする。
だが、周知の通り、同年(2011年)3月に発生した東日本大震災の影響により延期されたのち、白紙化する。
この国や社会の規模で訪れた困難は、その圏内で生きる人々の数多ある運命を違えてしまった。率直にいえば、KAT-TUNの岐路もその一部でしかない。自然災害で多くの命が亡くなり、原子力発電の危機に直面し、知的を装った人間ですら頭のおかしなことを言いはじめる。あまりにもたくさんのものを失った。あまりにも大きな傷を負った。不安の最中、理不尽なほどの勢いで悲劇を描きながら世界が変わった。自分の預かり知らぬところで世界は新しくされた。それでも死ななかったこと、生きること、生き残ったことには必ずや意味がある。そこに対応したのが「勇気の花」(2011年、シングル「WHITE」のカップリング)であり「RUN FOR YOU」(2011年)である。どれだけのダメージを受けたとしても「RUN FOR YOU」で歌われているように、日が昇らない朝はないし、夢を見ることを止めてはいけない。
夜に似た深い闇の底からでも、希望はある、と断言しなければならない。たとえこの運命(今風の言葉でいう世界線)が自分の求めるものではなかろうと、この現実を生きるこの自分がこの運命の主体である限り、諦めや絶望を引き受けることだけは決してしない。たったそれっぽっちのことであろうと、たったそれっぽっちのことぐらいは選べる。選び間違えない。その頑なな姿勢をKAT-TUNは一貫して崩さなかった。
KAT-TUNが、これ以上の痛みはいらない〈NO-NO-NO MORE PAIN〉と歌ったのは、6人編成から5人編成へと転換した2010年の「N.M.P. (NO MORE PAIN)」(アルバム『NO MORE PAIN』収録)である。とはいえ、それ以後もさらなる痛みを背負いながらグループとっては唯一無二の運命とひたすら格闘し続けていくこととなる。
ここで、1940年代、第二次世界大戦の最中にウィンストン・チャーチルが行ったスピーチにおける「We Are The Masters Of Our Fate」という一節を引用しても良い。我々は誰もみな自分自身の運命を司っている。
一人また一人とメンバーの脱退を繰り返したがために充電期間という活動休止の土壇場に際して発表されたベスト・アルバムである『KAT-TUN 10TH ANNIVERSARY BEST "10Ks!"』(2016年)には、デビュー・シングルの「Real Face」で歌詞を任されていたスガ・シカオが、作詞ばかりか作曲を務め、書き下ろされた「君のユメ ぼくのユメ」というバラードが収められている。結果のみを見れば、3人編成のKAT-TUNにとって最初の楽曲であると同時にKAT-TUNという総体における総集編のようでいて、もしも再開の機会がなかったなら、フィナーレになりかねなかったナンバーだ。そのなかに次のようなフレーズがある。〈もしも神様がいて / 過去を変えられるとして / "なにも変えませんよ"って言える日々にしたいんだ / このナミダ・ナゲキ→のみ込んで / デカイ×セカイへ〉
そう、「Real Face」でありあまる前途に目先の全部を預けていた無謀な若者によって宣言された〈デカイ×セカイの先へ〉と進もうとするその足どり〈未来へのステップ〉が、「君のユメ ぼくのユメ」では様々な苦難を踏み越えてきた道程として再現され、一筋にしかなれなかった運命の正しさとは、つまり過去と現在と未来の総和を、他の誰のものでもない、ただ自分のものとして背負い、生き抜くことと暫定してみせるような視座が生じているであった。
立ち向かい、敗北し、呪われた、の形式で編まれる物語は、この瞬間をサヴァイヴし、生き生きと生きてみせること、生きてみせたことの延長線上に改めて勝利の条件を定め、ようやく現れた未来に眼差しを向け、信じなければ、反転できない。朝日を望まなければ、過去にも呪いにもずっと束縛されるよりほかない。
革命は起こらず、夜もいまだ明けない。過去や呪いにずっと足元をすくわれている。その哀しみが、他の誰のものでもない。この自分にこそ所与されているのだとしたら、切ないし、儚い。裏返していうなら、とどのつまり、この自分だけがその哀しみにノー、NOという否定を突きつけられる。手が届かないままの希望を諦めきれない。切ない。切ないがゆえに切なさのなかで絶対に消えることのない強さ。儚い。儚いがゆえに儚さのなかで永遠に霞むことのない美しさ。切ない願いや儚い祈りにも似た線の細さを全身にまといながら絶えずスタイリッシュな格好の良さで踊り続けたのが、KAT-TUNであった。
確かにKAT-TUNはダンスのパフォーマンスを売りにしたグループではなかった。それでも他の誰もが真似のできないステップで、様々な不運をパートナーとしながら、すごく素敵なダンスを、キャリアや歌声に変え、踊ってみせた。最後の最後まで魅せてくれていた。この事実は揺るがない。
その輪が大きかろうが小さかろうが(半径が何百マイルに及ぶ社会的な規模であろうと半径が数メートル程度の身辺的な規模であろうと)当人のがんばりが通じない歯車の回転に巻き込まれ、従うほかないことを運命と呼ぶとしよう。目を開けば苛烈な現実が広がり、目をつむれば残酷な悪夢が訪れるような逆境を悲劇と呼ぶとしよう。さしあたり、そう呼ぶこととしよう。
そして、その運命の真っ只中で闇雲に生きる自分たちに降りかかってくる悲劇はこの自分にしか変えられないと膝を折らず未来に挑み続けたアイドルの像が、KAT-TUNなのである。
ここでオリジナル・メンバーの6人が作詞し、デビュー・シングルの「Real Face」に収録され『KAT-TUN 10TH ANNIVERSARY BEST "10Ks!"』の「Hyphen Selection」にも選ばれた「Will Be All Right」(2006年)における〈簡単にはいかないよ / わかるだろ?/ 誰よりも / 積み重ねた日々が / 最後には輝いて / 俺達をつないでく / この先へ進もう〉という箇所や〈It's All Right / ありのまま / 限りない夢を乗せて / 羽ばたくよ今ここで / 頑張ってる君の目が / 世界中に輝いて / 未来さえ変えてゆく / 今ここで〉という歌詞の一部に目を配っておきたい。
さらにそこに6人編成のKAT-TUNにとっては最後のシングルになった「Love yourself 〜君が嫌いな君が好き〜」(2010年)の〈まわりはどうでもいい / 大切なのは君の“ここ”だけ / 決まりの“頑張れ”なんて今はいらない / それが一番 / 傷つくから〉というフレーズや〈Love yourself / そう響き合う / 二人奏でる / 小さなNoise(中略) くじけそうな毎日も / 消えてしまいそうな夜も / 空を超え聴こえてくる / 遠く遠くほらこの胸に〉というコーラスを対比されたい。
およそ4年のあいだにサウンドのスタイルは趣を変えていて(特に後者はテレビ・ドラマのタイアップであり)響きや触感に明かな隔たりがあるものの、本質は別のものとなっていない。
少なくとも「Will Be All Right」と「Love yourself」においては、頼む、がんばってくれ、もっとがんばれ、がんばらないといけない、という何かしらの責務を強いるような応援歌やアンガージュマンは、共通して、わきに退かれている。
あなたのがんばりを知っている。
踏ん張り続ける苦しさをわかっている。
だからこそ、この、いま、ここ、で目の前を遮っている困難に対し、ささやかであろうと力強くであろうと抵抗してみせる意思が未来に確かな差異を育む。可能性を覗かせる。今日以降の世界、明日以降の世界に分岐を作る。期待を持てなかったはずの未来に決して収まりきることがない展望を広げるのだ。
2020年、新型コロナ・ウィルス(COVID-19)の流行に際して当時のマネジメントによるエンタテイメントにおける社会的な貢献の意味合いで行われた無観客の有料配信(チャリティを兼ねたある種のフェスティヴァルといえる)「Johnny's World Happy LIVE with YOU Day2」で、自分たちのファンではない人間が目にする可能性もあるなか、オープニングに「Will Be All Right」と「勇気の花」とがリレーで組み込まれているあたりに、正しくKAT-TUNならではの、この世界に対する憂慮や屈託と、その憂慮や屈託を逆さまにしたいという力学からしか芽吹けない明るい光に向けた眼差しとが両立している。
上記の「Johnny's World Happy LIVE with YOU Day2」で、セット・リストのラストに披露されたのは「Dead or Alive」(2015年)である。シングルになっている楽曲だけれど、なぜここで選ばれたのか、と思わされる一方〈時が終わるまで / I'LL NEVER LET YOU GO ALONE / 挑んだGAMEはリセットできない / 背負う闇を連れて / I WILL FLY TO HOLD YOU / 舞い落ちる光 / この手で掬って / 明日照らしていく / MY LIFE'S A SECRET〉であって〈THIS WORLD OF ENDLESS NIGHTS〉なのだと歌われる。
運命という歯車の回転に巻き込まれ、繰り返される敗北の悔しさを手放さないことが、同時に、いま、ここ、この日から次の日々へと至っていくストーリーのとば口になるという視点をKAT-TUNは外さない。
どんな不幸が眼前に広がっていようと希望にピントを合わせること。真夜中のあまりにも長い時間に身を捧げてもなお必ずや朝は訪れると願うこと。先が見えないトンネルの暗がりをずっと走り続けていながらいつしか新しい光景に辿り着けると信じること。その途中で哀しみが常に道連れになったとしても行く先を見失わず、虚しさを通じた無感情への墜落ではなく、足掻き、這い上がることによって(たとえ刹那であろうと)成り立ったロマンやロマンスの情動性に正しさや美しさ、強さを見出そうとするその活躍が、KAT-TUNというグループの在り方に一本筋をつけているのである。
2001年の結成を始点にするなら25周年を待たず、2006年のデビューから数えるとしたら20周年に満たないまま、2025年に解散を遂げたKAT-TUNのヒストリーにとって、2016年の4人編成から3人編成へと移り変わるデビュー10周年と充電期間とを経、2018年に活動を再開して以降(もしくは充電期間を含めた2016年以降)のキャリアは、グループの全体の後期に分類される。
2018年から(つまりは3人編成になってから)のディスコグラフィをKAT-TUNの後期としたとき、「Ask Yourself」(2018年)や「Unstoppable」(アルバム『CAST』収録、2018年)「A MUSEUM」「DANGER」(ともにアルバム『IGNITE』収録、2019年)「Roar」(2021年)等々は、かつて若者だったアイドルがベテランと評される領域に入った時期にリリースされた代表曲に値すべきものであろう。曲調に各々のヴァリエーションがあるにもかかわらず、あらかじめ参照点として挙げてきた「RAY」(2015年)はもとより、4人編成になってはじめて発表されたシングル「In Fact」(2014年)との通奏低音を探し当てることができる。
たとえば「Roar」で歌われる〈願ったって / 願ったって / 変わりゆく運命ならば / 守るべきものは何か? / 生まれて / 散るまで / すべてを灼きつける眼が / 明日を見据えていた〉というフレーズは「In Fact」における〈そして / 君には / 君しか描けぬ場所へ / 僕は / ただ / そこでこの手伸ばす / ずっと / 堪えた両の目の奥底で / 未来が目を醒ます / 時間を越えて〉の言い換え、オルタナティヴなヴァージョンにも思われるのだった。
あるいは「Unstoppable」の〈瓦礫の中ふたり / いつしか辿り着いた奈落 / 鎖に繋がれた / 遠い日の記憶 / いっそ全て捨てればいい / 錆び付いた過去など抱き合えれば / 幻影に変わる〉という箇所に 「RAY」の〈あの太陽燃え尽きて / 世界の時計止まったら / 永久凍土の中 / 奈落までへとフリーフォールで / カタストロフを描いて / 肢体重ね / 儚く / LOVE'S PRAY LIFE'S PRAY 囁いてる〉という一節を重ね合わせたところで不躾じゃない。
以上のような関連性、リンク、もしくはシンクロニシティを、プロダクションのチームや楽曲の製作陣、メンバーのいずれもが気づかなかった(まったく意図していなかった)とは考えにくい。
率直にいって、こうしたハッピネスであるよりはサッドネスな色彩のイメージがぴったり似合う。ばっちり決まっている。かっちりとしたスーツを着こなしてみせるみたいに、たとえいくらかの窮屈があろうとそのスタイルを身にまとい、光源に向けた眼差しや指先をまっすぐ、研ぎ澄ませていった姿形のアイドルがKAT-TUNであった。
哀しみが決して陰鬱ではない。惨めさを意味しない。元気いっぱいな直線では把握されないロマンやロマンスを経由し、失敗の曲線を描くパセティックな筆先でしか達せられない希望の明るさを表面に向けようとし続けたアイドルのグループがKAT-TUNにほかならなかったのである。
哀しみは必ずしも暗いものではない。
たったそれっぽっちのことを、KAT-TUNは、結果論にすぎなかろうと(おそらくは本人たちの願ったままに物事が進んでいかなかったのだとしても)音楽性やキャリアの全部をかけることで、テーマやメッセージのごとく、軌道の上に乗せ、走り続けた。
結果的に、ああ、こうなってしまった今日から見るとあくまでも結果的な話でしかないのだけれど『Fantasia』(2023年)をKAT-TUNにとっての最後のアルバム、最後の音源に位置づけられる。『Fantasia』 には、初回限定盤などを含め、いくつかの形態、収録曲の異なった仕様が存在している。が、すべてのヴァリエーションに共通している点を強調し、述べるのであれば、エンディングの位置を占めているのは「Kissing your hurts」というナンバーである。ある場合にはKAT-TUNのラスト・アルバムにおけるラスト・トラックであり、KAT-TUNのキャリアにとってのラスト・ソングと仮定することができるかもしれない。
もちろん『Fantasia』 がリリースされ、それに伴う「KAT-TUN LIVE TOUR 2023 Fantasia」 が行われた段階では、グループの終焉は一切考えられていなかったはずだ。にもかかわらず、「Kissing your hurts」には、KAT-TUNをKAT-TUNたらしめる実にKAT-TUNらしいKAT-TUNならではの魅力的な要素が溢れている。
裏を返すなら、2006年のデビューからKAT-TUNというストーリーのどの文脈、どの文節やどの段落にどんな句読点をどんなタイミングで打たれようとも、革命の前夜に見続ける終わらない夢のようなロマンとロマンスだけは絶対に取りこぼさなかったことの証左だといえよう。
注意されたいのは「Kissing your hurts」(2023年)が、先述した「君のユメ ぼくのユメ」のようなモニュメントやフィナーレに似つかわしいバラードでは全然ない。それでいて、切なさや美しさ、しなやかなビートの逞しさとセンティメンタルなメロディとを掛け合わせた楽曲に気持ちを動かされるインプレッションが与えられており、参照点として散々見てきた「RAY」(2015年)との類似性を感じさせる。
歌詞の水準で読んでも「RAY」の〈RAY その視線を感じて / RAY 本当の名を呼ぶよ / AWAKE オリオンの風 / 願いを翳して / RAY まだ答えは閉ざされ / RAY たとえそのすべてパンドラだろうと解き明かしてあげる〉という宣誓と、以下に引用する「Kissing your hurts」のリリックとは容易く同期されるだろう。
〈輝いて / Kissing your hurts / 辛くて零れた blood and blue tears / 世迷いなパンドラの棺 / 閉じても終えれない / 駆け巡る Hate 道すがら erase"I mean it" 過ちを奏でて / いつか貴女を甦らせる / I wanna kiss you〉
こうした接続には、明らかに恋人同士の口づけでハッピー・エンドが訪れないことを悲劇と判ずるような「ロミオとジュリエット」の哲学が潜んでいる。その意味で「RAY」が「KISS KISS KISS」というタイトルのシングルにカップリングされていたのは、ある種のアイロニーでもある。とはいえ、それが実際にアイロニカルだったのか、という疑問符もまた付け加えておきたい。
2015年の3月にリリースされた「KISS KISS KISS」が、どのタイミングで準備されていたのかは不明だが、2014年の12月に放映された「ザ少年倶楽部プレミアム」で司会を務めていたKAT-TUNがKinKi Kidsのバックだった頃の印象深い楽曲として「雨のMelody」を取り上げ、両者のコラボレーションが果たされていることに着目されたい。おそらく「KISS KISS KISS」は「雨のMelody」からインスピレーションを得ている。この仮説を前提とするなら、KAT-TUNにとっては原点への回帰をうかがわせるし(オールド・スタイルな規格でいう)そのB面に配置された「RAY」が上記したようにファンからの支持を集めていたことも見逃せない。
アイドルのサイドとファンのサイドの指向性を総和としたとき、メルヘンの王子様じゃねえんだ、というレジスタンスが、パンドラの挿話を経由しながら、この現実で戦い、残酷なリアリティを前に敗北を喫しても簡単に死なず、泥にまみれようと生きることによってのみ果たされる可能性の眩しさが、KAT-TUNの成功と挫折の繰り返しには立ち現れているのであった。
とどのつまり、それがKAT-TUNの全部から目を離せなかった理由なんだよな、と思う。
我々はKAT-TUNが好きである。大好きである。だから、ファンなのである。大ファンなのである。それで良い、
しかし、KAT-TUNは解散に至った。
残念だし、哀しい。率直にいえば、それだけで良い。
なぜ解散したのか。本当のことは知らない。知れない。知ることができない。関係者や当事者の証言をワイドショーや週刊誌、WikipediaやSNSなどで取りまとめてみたところで、所詮、真実には辿り着けやしない。芸能界の裏の話に興味はない。
ただ、我々はKAT-TUNの大ファンであった。もしも真実に価値が宿るなら、それは疑うべくもない。
そもそもの初期からKAT-TUNは〈運命は? No Fake〉と既に引用した「NEVER AGAIN」(2006年)で〈I never understand 若過ぎたのさ / 優しさだけじゃ愛せないから / Easy come easy go 本当のことは / そう簡単に話せないよ〉と歌っていた。そもそもの初期からKAT-TUNはファンとの結びつきを基礎としながらアンセムのごとく培われてきた「ハルカナ約束」(2006年)で〈あふれる愛が空に羽ばたいて / 回る / 終わりのない日々が / 信じるキミがついたウソなら / そっとココロにしまうよ〉と歌っていた。
時代がどうであろうと、この、いま、ここ、で刻んだ差異が、未来へ明るさを預けられる根拠になる、という断言や可能性の幅の広がりを、KAT-TUNはデビューの前から「ハルカナ約束」で〈流れる汗が風に揺れている / 走る / キミが待つ場所へ / あの日 / 俺たちが信じた夢 / 刻む / ハルカナ約束 / 回る / ハルカナ約束〉と歌っている。歌い続けていた。
その約束が、解散をもって完全に破棄された。無効になった。と、たぶん、解散のそのときまでずっとKAT-TUNを追ってきたファンの多くは考えていない。
2025年、3月31日、KAT-TUNのキャリアにピリオドが打たれた。
グループとしての最後の露出は、同日に行われたファン・クラブ向けのインターネットでの生配信である「Thanks to Hyphen 2025」だ。ファン・クラブ向けの生配信がパブリックなものとしてカウントされるのかどうかは不明だけれど、以降、おおやけとしてはKAT-TUNの姿を見た人間はいない、ということになる。およそ1時間の「Thanks to Hyphen 2025」で歌われたのは、たったの3曲で、オープニングが「Real Face #2」であり、悲喜こもごものトークやスピーチをあいだに挟んだのち、グループ全体の最後のシングルとなった「We Just Go Hard feat. AK-69」(2021年)を置き、クローザーが「ハルカナ約束」の冒頭を飾る〈ナ・ナ・ナ・サ・ク・カ・ナ・ハ・ル・カ・ナ・ヤ・ク・ソ・ク / マ・ワ・ル・ナ・モ・ナ・イ・ヤ・ク・ソ・ク〉というワン・フレーズであった。
3人編成になって第一弾のシングルである「Ask Yourself」(2018年)のシングルにカップリングされ、デビュー曲の「Real Face」をJOKER抜きのラップ入りヴァージョンで再構築した(単なるラップ抜きのヴァージョンは4人編成になってからも存在していたが、ラップのパートを刷新し、上書きした)「Real Face #2」では〈そうさ勝ち負けさえも通過点 / 全てヒストリー / 繋ぐ点と線 / I'm a special Ha Ha / 軽く突破 / とっくの前から超えてるボーダー〉というセルフ・ボースティングがあらためてなされている。セルフ・ボースティングでありながら、一般的なリッチ・アンド・フェイマス式の算段によったわけではない。KAT-TUN流の主義主張は「We Just Go Hard」で〈言い訳や正当化ばかりの俺じゃ / 到底は / I can't even be a challenger / 「ここまでなのか」と負け犬のパートナーの / 遠吠えにうなされ…〉というメロウなヴァースで反転し、躓きも抗いも表裏一体の美学へと同調されている。そこに継がれているのが「ハルカナ約束」のワン・フレーズである。
これまで論じてきたように、KAT-TUNというアイドルのキャリアは絶えず未来へと注がれた視線を代替している。いつかの過去に交わされた約束が、いつかの未来で守られて欲しい。この目が、世界や社会の炎上によって焚かれたスモークのスクリーンに覆われ、曇らされても、それが晴れる場所へと進み続ける勇気を自分の心から切り離さないでいたい。どれほどの困難に踏みつけられても消えない。抽象度の高い祈りや願いは、子供心に蓄えてきた純粋さに似ている。大人になるにつれ、誰もが消耗し、当たり前みたいに裏切っていく小さな約束を、だからといって偽とは見なさない。「ハルカナ約束」を作詞したSPINが、どこまでの射程を意図したのかはわからない。けれど、希望を目印に、絶望に乗り上げず、回転を止めない名もなき約束の歯車が、幾重にも揺れ動き、どこかで脱線しかねなかったKAT-TUNというキャリアの序盤から終盤までに整合性を満たしてきたのは確かだ。
現時点では最後の局面にあたる「Thanks to Hyphen 2025」のなかで、生配信とは別個にファンと直接会える機会を作る、とKAT-TUNは述べていた。こうした言いが履行されようと履行されまいと、それは過去や現在、未来とを繋ぐ「約束」に少なくともなる。
シミュレーションですべてが測られ、そのとおりにうまくやれなくても、やけくそになってはいけない。希望が約束されていない未来に対して約束を希望として紡ぐというアンチ・トートロジーのずれにおいて、約束とは、自分と自分以外の誰かとを繋ぐ点と線であり、楔であり、絆でありうる。諦めきれない「未来」を意味している。
こういうリアリティとファンタジーの軋轢を、KAT-TUNは、一つのアイドルやアイコンとして具体的あるいは実存的に生き抜いてみせた。
当人たちがそれを望んでいたか望んでいなかったかは知らない。が、しかし、そのような運命を延々と歩んできた。走り続けてきた。他人からどう扱われても自分たちだけは自分たちの歩んできた道のりを決して否定しない。歩み、走り続けることで偶像でありながらも虚像ではないKAT-TUNならではのフォームに宿る素晴らしさを発信してきたのである。
最後に、個人的にフェイヴァリットで、KAT-TUNをよく象徴していると思われる楽曲の一節を記しておく。先にも挙げたアルバム『NO MORE PAIN』(2010年)に収録された「FARAWAY」に表されているものだ。少年期に終わりを告げ、青年期に入ったアイドルが同時にメンバーの脱退などのトラブルを経験としながら、それでもまだ遥か遠くに夢を抱き、これを歌う。名誉と傷跡とが綱引きを繰り返す過去をどれだけ引き受けようとKAT-TUNは「約束」と「未来」とに差す光=RAYを常に見失うことがなかったと信じてやまない。
〈離れても / 夜明けは / 光を連れて来るから / 涙をとかして / 想い伝わるまで / 生き急ぐことさえ / 君のためだと思ってた / もし世界の裏 / 離れても / 途絶えない絆 / 感じて〉
ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2025年07月19日
2019年12月09日

War All the Time - Thursday
オープニング・アクトを務めたENDSWECKが「金曜日なのにサーズデイ」とMCで繰り返し口にしていたが、12月6日、代官山SPACE ODDにて、悲願のTHURSDAY初単独来日公演を観た。THURSDAYのライヴを目にするのは、2004年に行われた日本版のWARPED TOUR以来である。正直な話、この15年の間にバンドは第一線から退いてしまったところがある。いや、実際に一度は解散し、再結成後も新しい作品を発表してはいないのだけれど、しかし、強烈なエネルギーをまとったパフォーマンスは、中年に差しかかったはずの彼らと現役の二文字とを固く結びつけるのに十分なものだった。
開演直前、CAT POWERがBGMでかかり、流れる車窓のように撮影された日本の郊外がスクリーンに映し出された。物寂しいムードが漂うなか、ステージに登場したメンバーたちが最初のナンバーに選んだのは「FOR THE WORKFOCE, DROWNING」である。『WAR ALL THE TIME』(03年)の冒頭で炸裂していたあの掻き毟るほどの焦燥がまざまざと再現され、居ても立ってもいられなくなる。初っ端からすごい勢いで湧き上がるものがある。続いて「CONCEALER」「AOUTOBIOGRAPY OF A NATION」「CROSS OUT THE EYES」「PARIS IN FLAMES」と『FULL COLLAPSE』(01年)からの楽曲が並んでいく。THURSDAYがエモやスクリーモの急先鋒とされていた頃のそれらは、しかし、時が経とうと本質を違えてはいない。衝動に後押しされながら、熱量をぶち上げる一方、明るさとは真向かいのパセティックなイメージが描き出される。アジテーションの激しさとメランコリックなまでの繊細さとが同居したサウンドの類まれな真価を証明するがためにバンドはパフォーマンスを繰り広げているかのようでさえあった。
余談だが、今回のツアーには元LOST PRORHETSのスチュアート・リチャードソンがベースで参加している。THURSDAYのヴォーカル、ジェフ・リックリーとNO DEVOTIONというバンドを組んでいる縁でもあるのだろう。NO DEVOTIONは、ニュー・ウェイヴのエッセンスをふんだんに携えたスタイルになっていたけれど、THURSDAYにおける内省的な側面も、やはりルーツのどこかにニュー・ウェイヴの存在が横たわっているのだと思う。それがハードコアなどに由来したギターの鋭いリフやスリリングでダイナミックな展開を併せ持っているあたりにTHURSDAYの素晴らしさはある。本編のラストを飾ったのは『WAR ALL THE TIME』のタイトル・トラックである「WAR ALL THE TIME」だ。アグレッシヴなパートを抑える代わり、暗く、冷ややかと形容してもいい音色に覆われている。ゆったりとしたテンポで進むナンバーである。しかし、堪えようとすればするだけ漏れてきてしまう怒りや悲しみのようなものが次第に束となり、正しくエモーショナルというのに相応しい波濤を呼び起こす。生々しいライヴのヴァージョンでは、その劇的な印象がより深く極まっていた。
2度のアンコールを含め、およそ1時間、ショーとしては決して長い類ではない。本音を述べると、もっと観ていたかった。それでも物足りなさを覚えなかったのは、内容の濃さに圧倒されたからであろう。完全燃焼に近い満足度がありましたね、といえる。研ぎ澄まされた緊張感は、バンドの音楽性と密接であって、それが全編に張り詰めていたのだった。THURSDAY、まったく枯れていない。
posted by もりた
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| 音楽(2019年)
2019年03月24日

ああ、このような熱量の高まりを、もっと若い頃、FARやNEW END ORIGINALの活動時に体験していたならば、感受性に大きく影響を受けたであろうな、と思わされる。3月17日、新宿ANTIKNOCKでジョナー・マトランガ(ジョナ・マトランガ、ヨナ・マトランガ)の来日公演を観たのであった。JONAH MATRANGA WITH FRIENDSと題され、FEATURING SONGS FROM FAR, GRATITUDE, NEW END ORIGINAL, ONELINEDRAWINGと付された今回のライヴ、注目すべき点は、何といってもやはり、ジョナーのキャリアを築きあげてきた楽曲の数々が、バンド・セットで演奏されたことであって、ここ日本では滅多にないぐらい貴重な機会なのはもちろんなのだけれど、レアだからという理由のみでは収まりきらないほどの感動を、ステージ上のパフォーマンスからは確かに得たのである。
観客の入りは、スカスカではないものの、ギュウギュウとまではいかない。だが、多くの人がこのときを待っていたという輝きを顔に浮かべている。その会場の期待を、オープニング・アクトのATATAとBUDDHISTSONが充実した演奏で高め、しばらくすると、1組の男女がステージ上に姿を現した。アコースティック・ギターを携え、マイクに向かったのがジョナー・マトランガだ。椅子に座り、テーブルに置かれたタブレット型のPCからリズム・トラックを操作する女性は、ジョナーの結婚相手であるらしいと後にMCでわかる。ショウの構成は、全体で3つのパートに分かれており、序盤のアコースティック・セットで聴くことのできたジョナーの歌声は、今日におけるエモいといった語彙と完全に別の次元で、つまりは本来的な意味でエモーショナルな表現を成立してみせるのである。センシティヴであることのあまりの説得力に自然と感情の溢れる場所へと連れていかれてしまう。そう、改めて彼のヴォーカルがエモなるカテゴリーにとって一つのルーツであったことを認識させられた。
アコースティック・ギターの調べもひとしきりし、ジョナーがハグで女性をステージ上から送り出すと、いよいよバンド・セットのスタートだ。バックを務めるのは、DRUMKANのメンバーを含む3人の日本人ミュージシャンである。いってしまえば、今回限りの編成にすぎないのだが、しかし、ステージ上のリレーションに不備は見られない。どころか、ある種のセレブレーションがアーティストのポテンシャルに力を貸すことがあるように、この日のライヴは、並々ならぬ気迫に満ちていたのであった。ジョナーとオーディエンスのコール・アンド・レスポンスも素晴らしく、ウェルカムでファンなムードと息つく暇もない勢いのテンションとが幸福な同居を果たし、あらゆる場面をクライマックスに変える。魔法にも似た時間を展開していくのだ。驚いたのは、おお、ジョナー、こんなにもエネルギッシュな男だったのか。ステージの前面に身を乗り出し、ハンド・マイクを突き上げる姿は、彼がハードコア・バンドの優れたフロントマンでもあることを正しく明示している。アコースティック・セットの際とは異なった激情に会場が沸きに沸く。
そして、NEW END ORIGINALの「14-41」や「LUKEWARM」FARの「MOTHER MARY」や「BURY WHITE」といったアンセム級のナンバーが惜しげもなく演奏されるのだから、至福と喩えるしかないよ、だろう。参った。とんでもない熱量に圧倒されてしまった。満足げにバックのメンバーがステージ上を去った後、1人残ったジョナーがエレクトリック・ギターを掻き鳴らし、歌いはじめたのは、同郷の盟友であるDEFTONESの「BE QUIET AND DRIVE(FAR AWAY)」だ。ジョナーが、このナンバーを好み、以前よりずっとカヴァーし続けているのは、ファンにとっては周知だけれど、当然、絶品である。胸を衝かれる美しさと激しさは原曲に備わっているものだが、下手なアレンジを加えるのではなく、ジョナーならではの抑揚をメロディに込めることで、実に精度の高い哀切を再現するに至っている。ギター1本と歌声だけで、これほどの深みが生じるのか、という衝撃がある。
アコースティック・ギターを片手に、フロアーへ降りてき、観客のど真ん中に立ったジョナーの弾き語りでライヴはエンディングを迎えるわけだけれど、ソロ名義である『AND』に収録されていた「SO LONG」が非常に眩しかった。ハンド・クラップで応じるオーディエンスとの親密なコミュニケーションのなか、繰り返される〈SO LONG, SO LONG, BE BRAVE, BE STRONG, UNTIL THEN, SO LONG〉というフレーズの、ああ、なんて儚く、力強く、励まされ、心を揺さぶられるもののあることよ。パセティックな響きを目一杯含んでいるにもかかわらず、どこまでもポジティヴなフィーリングを湛えたそのアンビバレンスに詠嘆を禁じえない。スタジオ音源では伝わりにくかった部分が、マイクを通さない生の歌声を通じ、クリアに伝わってきたという印象である。スタンド・アローンのカリスマを放ちながら、同時に周囲の者を触媒にしていく。それがジョナーの本質なのかもしれない、と思わされる。
ラストを飾ったのは、PRINCEのカヴァーである「KISS」だった。アコースティック・ギターのカッティングとファルセットのヴォーカルとがジョナーのファンキーな一面を覗かせる。リスペクトしているアーティストのカヴァーもそうだし、ソロ・キャリアを振り返ったかのような今回のセット・リストは、結果として様々なスタイルの音楽を自由に横断している。特筆すべきは、幅の広い参照項が、しかし、類い稀な歌声を経、ジョナー・マトランガという一貫性に集約されていたことであろう。少年的な繊細さと大胆さをイメージさせるジョナーのヴォーカルは、とにかくスペシャルであって、他に代え難い。ヴィジュアルは中年なりに老けてしまったけれど、その眼差しには、いまだピュアと呼ぶのに相応しい光がキラキラと差していた。
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| 音楽(2019年)
2018年09月06日
![The Art Of Telling The Truth [STSL-112]](http://images-jp.amazon.com/images/P/B07F2H9GNQ.09.TZZZZZZZ.jpg)
9月4日、台風の襲来におののきながらも新宿NINE SPICESで米テキサス州出身の4人組、MAGNET SCHOOLの初来日公演を観たのであった。いや、率直な感想を述べるならば、ほとんど無名なのに素晴らしいバンドってまだまだいるんだなあ、というものであって、要するに心を持っていかれてしまった。抜群なライヴだったのである。MAGNET SCHOOLのことを知ったのは、本国で2016年に発表されたセカンド・アルバムの『THE ART OF TELLING THE TRUTH』が日本のSTIFF SLACKによって先般CD化されたからなのだけれど、そこで聴かれたのは90年代型のエモとシューゲイザーのミックスを狙ったかのようなサウンドで、たとえばHUMやFAILUREが引き合いに出されるのも、なるほど、わかる。反面、それらのバンドに比べると骨太な印象があり、FOO FIGHTERSあたりに通じそうなわかりやすさ、MUTEMATHなどを例に挙げられそうな柔軟性をも感じられる。繊細であるようなひねりとストレートなほどの熱量とが同居したMAGNET SCHOOLの魅力は、ライヴにおいて、より際立っていたといえる。生の演奏による出力を経、轟音に厚みが増している一方、メロディはきらめき、その轟音の底から浮上していくイメージを強調することとなっていたためであろう。マイクのヴォリュームが足りなかったせいか、少しばかり耳を澄まさなければならなかったものの、2人のギターが交替で兼ねるヴォーカルには、幾度も口ずさみたくなるまでのフックが備わっている。が、やはり、最も目を見張ったのは、ギターとギター、ベースとドラムとが、足し算である以上のアンサンブルを達成していた点だ。ギターやヴォーカルのフレーズは、確かに美しい。しかし、それのみが重要なのではない。どれだけ激しく掻き鳴らそうとコンビネーションをまったく崩さない各パートの力量が、先に述べた轟音の厚みを実現しているのだ。個人的には『THE ART OF TELLING THE TRUTH』に入っている「BRITISH MONUMENTS」をプレイしてくれたのが、嬉しい。リフ、リズム、コーラスの絶妙な配置、どの瞬間を切り出してもハイライトになるようなナンバーである。マイナーなバンドなので、会場は広くないし、観客も決して多くはない。だが、その卓越したパフォーマンスには余りある価値があったし、貴重な体験とは、こういうことを指すのだと思う。
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| 音楽(2018年)
2018年07月26日

酒井まゆの『群青リフレクション』は、その特徴を一つ挙げるなら、芸能活動に身を置く高校生を描いていることなのだったが、最大の魅力となっているのは、ヒロインである柊心晴の無邪気な明るさなのではないかと思う。〈私立船越高校 全8クラス中2クラスが芸能科で レベルはまちまちだけど 芸能界に片足やら両足やらつっこんでる子が通っています 一応 私もその1人なんだけど−−〉という心晴の言葉には、自分がまだ全然売れていないことの気後れが含まれていて、確かに有名人が多数を占めるクラスのなかでは、一般的な生徒の立場に等しい。しかし、ほとんど無名であるにもかかわらず、いじけずに目標へ向かう積極性だけは誰にも負けてはいなかった。
心晴(こはる)の目標、夢とは何か。それは子供の頃に観た映画でスクリーンに出ていた子役の少年と、いつか巡り会うことだった。その演技に励まされるものがあったからだ。励まされたことに対し、感謝の気持ちを伝えたいからだ。映画の名前はインターネットの検索に引っかからず、子役の名前も知らない。だが、演技の仕事をしていたら、きっと顔を合わせることができるのだと信じている。心晴はスターダムを掴むことになるのかもしれないという期待がストーリーの土台にはある。他方、芸能人でもあるクラスメイトとの恋模様がストーリーの柱を支えている。若手イケメン俳優としてブレイクしている幼馴染、紺野景悟が心晴に抱いているのは、紛れもなく恋愛感情であろう。そして、華はあるのに素性が謎めいているクラスメイト、芹沢漣もまた心晴と距離を縮めていく登場人物である。芹沢は、もしかしたら彼こそが心晴の憧れている子役だったのではないか、と読者に想像させる役割を担っているのだけれど、これまでのところ、芸能活動に熱心ではなさそうな素ぶりを見せるばかりで、正体も明かされない。
ヒロインと2人の男子を三角関係の図式に当てはめることは、もちろん可能だ。紺野と芹沢は、いずれ恋愛の面でも仕事の面でもライヴァルのような衝突を起こすはずだと予感させる。が、ロマンスの要素は、現時点で、さほど強くない。2巻の段階で気にかけておきたいのは、芸能活動というよりも学園生活のなかで心晴はヒロインらしい活躍を果たしていることである。心晴の無邪気な明るさは、おそらく、芸能活動の厳しさや世間からの注目をまだ負っていないという未熟な面によっている。もしも心晴が芸能活動での成長を求められるようになったとしたら、それがいかに変化するのか。しないのか。今後の展開に左右される部分は大きい。
・その他酒井まゆに関する文章
『キミとだけは恋に堕ちない』3巻について→こちら
『MOMO』
7巻について→こちら
3巻について→こちら
1巻について→こちら
『クレマチカ靴店』1話目について→こちら
『ロッキン★ヘブン』
8巻について→こちら
7巻について→こちら
6巻について→こちら
4巻について→こちら
3巻について→こちら
2巻について→こちら
1巻について→こちら
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| マンガ(2018年)
2018年06月24日

幼馴染の命を救うためにタイムリープを繰り返すというSFやファンタジーの定石だと思われていたはずの物語が、あれよあれよの間に異能のバトルへ展開していったのは、ああ、『うえきの法則』の作者っぽいな、と感じられた。福地翼の『サイケまたしても』である。この12巻では、宿敵であったヨハンとの決着が、いよいよ付けられる。特殊な能力(オラクル)を持つ人間、能力保持者(オラクルホルダー)の優位を説き、能力を持たない人間(ノーマル)に進化をもたらそうとするヨハンの、その頑なな信念はどこからやってきたのか。謎めいていた過去が明かされると同時に、ヨハン・ディートリッヒの野望を打ち砕こうとするサイケの必死な戦いが描かれていく。果たして、ヨハンもまた、愛する人間に降りかかった悲劇と覆すことができない過去とを挽回すべく、自分の能力を使い、あるべきヒーローの像を目指していたのだった。
運命は変えられるのか。このような問いに対し、主人公であるサイケ(葛代斎下)の能力は、変えられる、という断言と同義の働きかけを有していることは明らかだ。同じ1日を何度でも繰り返せるサイケの能力は、無数に分岐した可能性のうちから最適の結果のみを選び取り、再現できるのであって、それは既に幼馴染みである蜜柑の死を回避してみせたことで証明されている。これはしかし、彼にだけ与えられた特権にほかならない。時間を遡れず、過去の修正も叶わない人間は、どうしたら悲劇に終わった運命をやり直せるのか。ヨハンの凶行は、そのような問いに向けられた苦悩の代弁であろう。大切だと信じられる存在を救えた者と救えなかった者との違いが、サイケとヨハンの差異なのである。その差異が、2人の価値観に衝突を生じさせている。これまでのエピソードを通じ、サイケとヨハンのあいだにシンパシーがあることは示されてきたが、彼らは一種の対照となっているのであった。12巻でもヨハンの側近であるシルヴァーノ・ダ・ヴィンチが、サイケに次のように述べているのを押さえておきたい。〈お前とヨハンはどこか似ている。正確に言えば、「表裏一体」なんだ。あいつもお前も… 誰かのために自分をなげうてる強さを持っている。違うのは、それが全ての者に向けられるか… 能力保持者のみに向けられるかだ〉
この世界は悪意に立ち向かうヒーローを欠いているのだとすれば、誰かがヒーローになるしかない。『サイケまたしても』で、度々、主張されてきたテーマである。サイケとヨハンの対照は、銘々が理想としたヒーローの像によっている。どちらに正義があるのか。あったのか。ついに答え合わせのなされるときがきた。人質にされた蜜柑を助けるべく、サイケはヨハンに最後の戦いを挑むのだった。幼馴染みの命を救うことが、主人公の出発点であったとしたら、それがクライマックスたりえる局面で再び繰り返されていることに留意されたい。度々、繰り返すというのも『サイケまたしても』における重要なテーマである。ヨハンの野望を打ち砕き、幕を閉じる寸前までいった物語は、思いがけぬ波乱を経て「またしても」引き延ばされることとなる。そう、またしても、であろう。所謂ラスボスと見なされていた黒田ユメヲの役割がヨハンに取って代わられるという過去のあのパターンが、別の人間の手によって反復させられているのだ。
ある意味で『サイケまたしても』は、大切だと信じられる存在の喪失に抗う人間の姿を描いている。サイケもユメヲもヨハンも、それぞれの方法で、大切だと信じられる存在を悲劇からすくい上げようと戦っていたのである。そこには常に、運命は変えられるのか、という問いが内蔵されていた。他方、能力の起源(オラクルのルーツ)や万物の記録(アカシックレコード)をめぐり、作品は新たな段階に入った。頼れる仲間である氷頭やアナとともにサイケは「またしても」様々な困難を乗り越えなければならないのだろう。そして、おそらくはそのなかでも、運命は変えられるのか、という問いが繰り返されていくのに違いない。
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| マンガ(2018年)
2018年04月03日
セツコの読みで良いのかな。どこで知ったのかは覚えていないのだったが、日本人の語感に引っかかるようなバンド名から興味を持った。スウェディッシュ・グラインドコアのニュー・カマー、SETSUKOである。そのファースト・アルバムが『THE SHACKLES OF BIRTH』になる。グラインドコアといったけれど、カオティック・ハードコアやブラック・メタル、デス・メタルの影響を、そこかしこに見つけられるし、エモ・ヴァイオレンス、スクリーモを参照したと覚しき激情と旋律とを前面にした楽曲もある。凝っていたり、器用であったりというよりは、これをやりたい的なアイディアと演奏のスタイルとが素直に結びついている印象だ。ファストでギザギザに尖ったサウンドは、鉄腕のストロング・スタイルではなく、細く描かれた線のシャープな切れ味をイメージさせる。音の太さ、濃さ、深さで判断するなら、いくらか頼りなく感じられるかもしれない。が、しかし、若気の至りにも似た勢いがある。思慮や経験、洗練を手引きとしてはいない。初期の衝動のみをモチベーションにした勢い。発展途上ならではの勢いが、一番の魅力となっており、そいつに飲み込まれるのである。現在、BANDCAMPにおいてNAME YOUR PRICEでダウンロードできる。
バンドのオフィシャルFacebook→こちら
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| 音楽(2018年)
2018年03月27日

あだち充と高橋留美子がダブルで推薦の言葉を出している。まあ、そうしたプロモーションの仕方は、小学館のマンガにとって珍しいものではなくなってしまったけれど、2018年現在、この爺さんが熱い部門にエントリーされるのは間違いないであろう。大柿ロクロウの『シノビノ』である。徳川幕府の下、250年も続いてきた太平で役目を失った伊賀の忍び、その最後の末裔となるのかもしれない沢村甚三郎も既に58歳の高齢であった。今日の基準で58歳を見るなら、それこそ高橋留美子やあだち充よりも若いぐらいなのだから、十分に現役で通る。が、時代が違うのもあるし、技術を必要としてくれる人間も矜持を理解をしてくれる人間もいなくなるほどの長いあいだ、ほとんど孤独になろうと自分を貫いてきた者が、変革期を迎えた事情のなかで八面六臂の活躍を繰り広げるところに最高のスペクタクルがあるのだ。
1巻から3巻にかけ、つまり、物語の導入を、およそ一晩の攻防に割いた構成は、思い切りが良い。この思い切りの良さが、のっけから捲し立てるかのような勢いで主人公の魅力を全開にしている。顧みられないのが忍びの宿命だとして、それは忘れられ、滅び去ることと同義なのか。実働がないまま老いてしまった甚三郎に初めてくだされた幕府からの任務は、先般浦賀に来港した黒船への潜入であった。成功は困難だろう。が、果たして甚三郎にとっては容易な仕事でしかなかった。結局のところ、甚三郎は想像外の手練れだったのだ。しかし、予測しなかった事態が状況を一変させる。開戦を辞さない吉田松陰の一派が、黒船を奪取しようとし、強引な手段で乗り込んできたため、国全体に及びかねない危機をも甚三郎は回避しなければならなくなったのである。ペリー(ペルリ)が率いる屈強な米兵と吉田松陰に付き従う狂気の集団とが船上を戦場に変えていく。混乱の最中、ひるまずに双方を圧倒していく甚三郎の勇姿を見よ。大変燃えるものがある。
CIAやスパイが戦争を防ぐべく奮闘する現代の映画を時代劇の設定へと置き換えたかのような筋書きには、スリルが満ちている。そして、着目したいのは、後に新撰組八番隊組長として知られることとなる少年、藤堂平助と甚三郎の出会いである。今井哲也の『アリスと蔵六』や井上智徳の『CANDY & CIGARETTES』における老人と幼女のバディとも異なる。奥浩哉の『いぬやしき』における犬屋敷とチョッコーあるいは獅子神のコンビネーションとも異なる。年齢の開きにかかわらず、敵対し、共闘し、結果、師弟の立場に身を置いた2人の関係には、爺さんが主人公であろうと『シノビノ』を少年マンガたらしめる力学が備わっていると感じられる。
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2018年03月21日

父殺しのテーマが内在しながら父殺しを果たせずに連載が長期化した結果、作品の方向性にぶれが出てしまったという(格闘マンガである以外の)共通点を猿渡哲也の「タフ」シリーズと板垣恵介の「バキ」シリーズは持っているわけだ。この『TOUGH 龍を継ぐ男』は、『高校鉄拳伝タフ』及び『TOUGH』のその後を描く。シリーズの直接的な続編となっている。いや、確かに主人公は一新されてはいるものの、やっていることは先の頃と大きく変わらない。宮沢静虎と宮沢鬼龍の双子、あるいは彼らの兄である宮沢尊鷹を合わせた宮沢一家の因縁に翻弄される人々の様子が延々と映し出されているのである。『高校鉄拳伝タフ』と『TOUGH』においては、静虎(オトン)の息子、宮沢熹一(キー坊)が一応の主人公ではあった。それが『TOUGH 龍を継ぐ男』では、鬼龍の息子、長岡龍星に主人公をスイッチしている。スイッチしてはいるけれど、熹一も出てくるし、むしろダーク・サイドに落ちた熹一の物語であるようなところがある。実際、6巻と7巻は、龍星そっちのけで、なぜ熹一がダーク・サイドに至ったのか。回想をメインのエピソードにしていたのであった。そして、再び現在に話を戻しての8巻なのだが、まあ、ほとんどの見せ場は、やっぱり静虎と熹一に持っていかれ、過去の亡霊のごとく尊鷹やガルシアも出てくるよ、といった展開が訪れている。ガルシアは、人工授精によって鬼龍の遺伝子を受け継いでいるというのが『高校鉄拳伝タフ』の設定だった。前述した通り、龍星も鬼龍の血を引いており、龍星の他にも『TOUGH 龍を継ぐ男』には鬼龍の子供とされる人間がわんさか出てくる。そのため、裏社会や米軍まで関与しているにもかかわらず、登場人物の大半が宮沢一家の関係者で占められる異常な事態が発生しているのだ。鬼龍の正統な後継者は誰なのか。これが『TOUGH 龍を継ぐ男』の重要な柱ではある。しかし、それは同時に、果たされなかった父殺しのもたらした迷走を含んでいるように思えなくもない。
・その他猿渡哲也に関する文章
『Rūnin』2巻について→こちら
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2018年03月15日

ポスト・デス・ゲームとすべきか。理不尽なデス・ゲームに投げ込まれてしまった成り行きをゲーム・マスターをやっつけなければならないという目的に帰結させるタイプのフィクションにおいて、それがデス・ゲームであることの意味はどれだけあるのか。少しばかり疑わしくなるときもあるのだが、最近、よく見かけるものではある。FLIPFLOPsの『ダーウィンズゲーム』も、その一例に数えられる。プレイヤーたる主人公は、あくまでもゲーム・マスターを倒すべく、理不尽なデス・ゲームを生き残るのである。狂気を帯びたヒロインが主人公の少年にベタ惚れしている等、類型的な部分は少なくない。けれど、いやいや、類型的な部分がマイナスではなく、むしろ加算されるようなかたちで魅力のたっぷりなマンガになっているんですよ、これが、と思う。あえて喩えるなら、『HUNTER×HUNTER』のグリードアイランドで架空戦記が展開されている感じかもしれない。本質は、特定条件や限定空間のなかで繰り広げられる異能のバトルだといえる。先に述べた通り、その特定条件や限定空間を作り上げたゲーム・マスターを破ることに筋書きは一本化されている。そして、ゲーム・マスターを破るためにデス・ゲームの内部でいくつかに分かれた勢力の統一が必要とされていくのだった。
スドウカナメは、とりたてて秀でたところのない平凡な高校生であった。しかし、友人であるキョウダからスマートフォンに送られてきたダーウィンズゲームというソーシャル・ゲームの招待URLを何気なく踏んだことで、すべてが一変してしまう。それは決してよくあるソーシャル・ゲームではなかったのだ。現実の世界そのものを舞台にし、各々に与えられたシギル(異能)を駆使しながら、対戦相手を倒すことで、巨額の富に換金可能なポイントを稼いでいくのである。当然、勝利すれば、ポイントを得、敗北すれば、ポイントを失うわけだが、おそろしいのは、ポイントがゼロになったなら、ゲーム・オーヴァー=アカウントの消滅=死が待ち受けている点にほかならない。途中でおりる手段は、ダーウィンズゲームに存在しない。金儲けのために参加したプレイヤーも、事情を知らずに巻き込まれたプレイヤーも、等しく命懸けの攻防を繰り返すしかないのだ。自分が有するシギルの使い方もままならぬまま、初戦、二戦と、まさか、有名なプレイヤーに勝ち続けたカナメは、それでも人間同士が殺し合うことに納得がいかず、どうにかゲームを終わらせる方法はないかと模索するのであった。他方、シギルが現実の社会に及ぼしている影響を察知した国家権力は、ダーウィンズゲームに介入するため、独自の路線を歩み出したカナメへの接近を試みようとする。
クラン(ギルド、チーム)のシステムがプレイヤーにとってのアドヴァンテージになっているところは『ダーウィンズゲーム』の特色の一つであろう。これにより、個人個人の衝突である以上に共同体と共同体の対立であるような側面が大きくなっている。サヴァイヴァルやコンゲームの色合いよりも擬似的な陣取り合戦、国盗り物語の様相を強くしているのだ。無名であった若者が、さまざまなピンチとチャンスを経、頭角を現し、カリスマを発揮、頼もしい味方を従え、圧倒的な勢力を築き上げていく。ここにデス・ゲームのパターンを正しく踏襲していた序盤とは異なる段階へと『ダーウィンズゲーム』を飛躍させたダイナミズムがあるのは間違いない。エキセントリックで可愛い女性の登場人物が揃っているのは、この手の作品のセオリーだが、芯の通った男性の登場人物が多数、戦国の武将よろしく、ワキを固めているあたりに硬派なニュアンスが出てもいる。主人公であるカナメの立ち上げたクラン、サンセットレーベンズが、渋谷、東京、関東と制圧圏を拡大することで、不用意なダーウィンズゲームの対戦を禁止するというのが、中途のクライマックスになっているのである。
さて、誰が一体何のためにダーウィンズゲーム(作中ではDゲームと呼ばれることもある)を開催しているのか。その謎に近づき、ゲーム・マスター(作中の綴りではゲームマスター)の顔を垣間見られたのが、13巻だった。ダーウィンズゲームが意図していることの解明は、この14巻で、さらに前進している。〈ポイントと異能(シギル)その二つが人をDゲームに引きつける餌でしょうね〉しかし〈異能(シギル)は餌ではなくDゲームの目的そのものなんじゃないかと〉〈Dゲームアプリは異能(シギル)をばらまくためのウィルスみたいなものなんじゃないかと〉そして〈GM(ゲームマスター)は電波を使う異能(シギル)使い〉なのではないか、と。デス・ゲームを左右するゲーム・マスターとの直接的なやりとりを指向するタイプのフィクションとは、おそらく、メタ・レベルを認識することは可能であり、メタ・レベルに干渉することも可能だという発想、または錯覚と密接である。メタ・レベルへの目配りを織り込んだストーリーは、しばしば時間ループのSFや並行世界のSFを設定に借り受ける場合がある。そうした傾向を、やはり『ダーウィンズゲーム』も覗かせている。
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2018年02月18日

あまりいわれていないのでいっておくと、ここ最近、ヤクザ・マンガってすげえ充実しているんじゃないですか、と思う。長期連載で世評が定まっているものはともかく、小山ゆう『雄飛』たーし『ドンケツ』大武政夫『ヒナまつり』馬田イスケ『紺田照の合法レシピ』薩美佑『侠飯(福澤徹三による同名小説のコミカライズ)』小西明日翔『来世は他人がいい』等々、ヤクザをモチーフにしつつ、掲載誌はバラバラ、傾向もバラバラ、おそらく読者層もバラバラに違いない作品が目白押しなのだ。
当初は、小山ゆうにとって久々のボクシング・マンガということでは注目を集めていた『雄飛』だが、物語が進むにつれ、主人公である雄飛が、大垣組の親分であった養父のあとを継ぎ、実の家族を奪った極道、峻堂に復讐を果たそうとするまでを主な筋立てとしてきている。11巻、12巻に描かれた烈(いさお)の生涯は悲しかった。ボロボロ泣くね。しかし、この世界に居場所のなかった人間がようやく得た微かなぬくもり、それさえ呆気なく断ち切られてしまうのを見、ああ、さすが『あずみ』の作者だな、と感じ入る。勝太郎とともにボクサー崩れのコンビで雄飛の頼れる仲間となっていくパターンのストーリーを期待させる部分もあったのに、この非情さよ。いつどの登場人物が不幸になろうとおかしくはない、という小山ならではの切り口が、裏社会を駆使することで、よく発揮されているところがある。
確かに『雄飛』を、ヤクザの血生臭いドラマが繰り広げられている、の一面に押し込めるのは控えたい。戦後の日本を舞台にした長尺のラヴ・ロマンスであるかもしれないし、とある家族にまつわる悲劇であるのかもしれない。システムとしてはまだ整理されていないショー・ビジネスの世界を題材にしているともいえるし、無論、ボクシングでしのぎを削るライヴァルたちの物語だともいえる。成功があり、無念がある。成功は青春を眩しい瞬間として輝かせ、無念は青春を暗い色調の逃れられない筆先で彩る。序盤、主人公である雄飛とヒロインである青葉の複数の視点と複数の時系列とが並行して描かれるトリッキーな構成は、満州から引きあげてきた少年と少女がいかなるサスペンスに巻き込まれるのかを簡単に判断させないものであった。それが女優として売れはじめた青葉に北原慎一というボクサーの恋人ができたあたりで、雄飛をめぐる因縁に視座が落ち着いてきた印象である。
雄飛がボクサーのキャリアを勝ちあがる一方、養父である大垣を含め、親しい人々が次々と死んでいってしまう。殺されていってしまう。峻堂への復讐の根は深くなるばかりである。それでも雄飛は、周囲の人々の愛情に支えられ、悪鬼に身を落としかねない場面を幾度となく乗り越えていく。容姿にすぐれ、頭脳も明晰であり、身体の能力も達者、さらには気配りも兼ね揃えている雄飛は、ある種の理想像である。男性の登場人物の多くが、戦後の貧しさのなかで雄飛にはなれなかった存在として現れていることは明らかだ。あるいは紙一重で雄飛も彼らの立場になっていたかもしれない可能性として現れている。何が違ったのか。それを運命の一言に集約するのは容易い。が、たとえば、作中では、大垣組のような侠客と峻堂が率いる旭翔会のようなヤクザは(対外的には同種とされながら)本質的に異なる式の倫理を通じ、必ずしも強いられた結果ではないことの線引きが試みられている。
また、幼い頃の雄飛を保護していたまち子と岡田の影響は、血よりも濃い繋がりによって結び直される運命があることを教えている。もちろん、斥けられない運命もある。まち子が危惧するとおり、真っ当な将来に進むことのできた雄飛が、大垣組の中心に立ち、峻堂への復讐を貫かなければならないことが、それであろう。ボクサーとして日の目を見たにもかかわらず、旭翔会との決着のため、雄飛はボクシングと訣別しなくてはならない。13巻では、その覚悟が、慎一との試合となって描かれており、慎一も、やはり、雄飛の合わせ絵といえるようなプロフィールを持っている。
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2018年02月16日

それ自体の良し悪しはさておき、ギャグのようだったマンガがシリアスなモードに変調する際のダイナミズムを、この西修の『魔入りました!入間くん』の4巻は持っている。不幸な環境で育ったため、どんなにひどい災難にも慣れてしまった少年、鈴木入間だったが、まさか身勝手な両親が悪魔に自分を売り飛ばしてしまうだなんて思わなかった。悪魔とは、比喩でも何でもなく、あのおそろしい魔界の住人のことである。魔界でも屈指の悪魔、サリバンに買い取られた入間は、しかし、サリバンの孫として大切にされ、彼が理事長をしている悪魔学校(バビルス)に通うこととなるのであった。
ともすれば『小公子』のヴァリエーションであるような設定を借り、ファンタジーの世界に入っていった主人公が、人間であるという正体を隠しつつ、気が置けない異能の存在たちと騒がしい学園生活を繰り広げていく。と、ひとまずは概要を述べられるであろう。持ち前のおおらかさで価値観のまったく異なった魔界での暮らしに順応しつつ、ある場合には人の良さで魔界のルールを掻き乱してしまう。そのトリックスターぶりが、エリートのアスモデウスや周囲から疎まれていたクララ等々、愉快な仲間を引き付けるのである。
3巻、4巻と描かれているのは、通常の学園ものにおけるクラブ活動編といえる。新入生としてクラブ活動に相応する師団(バトラ)に従事しなければならなくなった入間は、魔力が乏しい上級生のキリヲに共感し、彼が1人で所属している「魔具研究師団」に入団するのだった。もちろん、アスモデウスとクララも勝手に付いてくるわけだ。が、一見気が弱そうな印象だったキリヲが、実は悪魔学校全体を巻き込むほどの後ろ暗い目論みを果たそうとしており、その目論み、そして、その目論みを阻止すべく奮闘する主人公の姿にシリアスなモードへの変調が現れている。
このとき、参照されたいのは、悪魔学校の生徒会長であるアメリが、かつて入間に投げかけた問い、入間にとっての「野望」とは何なのか、だろう。「野望」は、自分が成し遂げなければならない「夢」の言い換えでもある。入間の「夢」それは具体的に示されているものではない。けれど、キリヲの「野望」との対決を通じ、わずかにも確かにも垣間見られるものとなっている。そう、他人に絶望を強いようとするキリヲに入間が向けた〈僕は絶望しない(略)全部拾いたい 僕は全部を諦めない〉という断言が、ひたすら頼もしいのはどうしてなのかを軽視してはならない。
非情であるはずの悪魔と人間とが和気藹々できる程度には、ゆるいマンガである。そのゆるさは、どんな悲惨な目に遭おうとぐれることがない主人公、入間の資質を抜きにしては成り立たない。とにかく、めげない。ポジティヴと判断される資質は、シリアスなモードに変調したところで損なわれることはない。『魔入りました!入間くん』の一貫性にほかならないのだし、それこそが人間としては本来間違っている両親によって突き落とされた困難をくぐり抜けることと悪魔としては本来正しい周囲の存在に何らかの感化をもたらしていくこととを並列にしているのだ。
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